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8本の弦の「可能性」と「発見」 聖俗の対比、民族色の彩り、時を超える風の音―――

8本の弦の「可能性」と「発見」 聖俗の対比、民族色の彩り、時を超える風の音―――

 ヴァイオリンとチェロという珍しい編成で、8本の弦から広がる色鮮やかな世界に、感激させられた一夜となりました。

 

 まず1曲目はモーツァルトの《二重奏曲ト長調KV423》。原曲はヴァイオリンとヴィオラのために書かれています。

 黒川さんと伊東さんが、お互いを信頼しているからこその自由さがあり、終盤に向かうにつれて、その自由さ=「アソビ」が生き生きと輝きを増し、とても楽しそうなアンサンブルでした。

 その次は黒川さんによるヴァイオリンの無伴奏曲、イザイ《無伴奏ヴァイオリンソナタ第2番イ短調》で、さっと空気が引き締まります。

 このソナタには楽章それぞれに題名がついており、第1楽章《妄執》、第2楽章《憂鬱》、第3楽章《影たちの踊り》、第4楽章《怒りの女神》となっています。また、曲全体を通してバッハの曲やグレゴリオ聖歌が引用されており、黒川さんはそれを「バッハや聖歌に対する、イザイの作曲家としての“妄執”によるものかもしれないとも想像できます」、そして「バッハのセンテンスが“聖”としたら、イザイの部分が“俗”といいますか、“聖”と“俗”の入れ替わりみたいなものも表現されていると感じます」と語っておられます。

 第1楽章《妄執》では入れ替わりに翻弄され、第2楽章《憂鬱》は弱音器がつけられた音色で、思考が静かにとけていき、黒川さんの演奏に同化していく不思議な感覚がありました。グレゴリオ聖歌「怒りの日」が追憶のかなたから聴こえてきて、聖歌のイメージが広がります。第3楽章《影たちの踊り》は教会の鄙びた雰囲気から「怒りの日」が変奏されていき、民族的な世俗曲の様相をなし、第4楽章《怒りの女神》では後半の「怒りの日」のセンテンスの超絶技巧が会場の空気を圧倒しました。

 

 休憩をはさんで、次は伊東さんによるチェロ無伴奏曲、カサド《無伴奏チェロ組曲》でした。

 作曲者はスペインのチェリストで、伊東さんが「弾いていて、やはりカサド自身がチェリストだな、と思う箇所がたくさんあります。聴いていて映える曲だなぁと思います」とおっしゃる通り、チェロの楽器の特性が上手く活かされています。

 第1楽章《Preludio - Fantasia》は低音のレの音から始まり、床から音の振動がダイレクトに伝わってくる衝撃を経験しました。

 中盤の歌の部分は、まさに歌声そのもので、人の声を超越した響きでした。これこそ、天使の声といえるのではないでしょうか。

 第2楽章《Sardana, ‘Danza’》は高音が美しく、伊東さんの音色の真骨頂を味わうことができました。第3楽章《Intermezzo e Danza Finale》は、冒頭の低音のレの音が増殖し、迫力が増大していき、チェロ1台とは思えないスケールでした。

 

 そして、今回のメインであるコダーイ《二重奏曲op. 7》へ。演奏時間30分の大曲ですが、時空のはざまにひき込まれたかのように、あっという間にも、永遠にも感じられた時間でした。

 第1楽章は、まさに劇を見るような楽しさがあり、何人もの踊り子が舞うさまを想像しました。ピッツィカート(弦を指ではじく奏法)が交互に現れ、その「スイッチ」がユーモアたっぷりでした。第2楽章は朗々としたチェロから始まり、異次元を吹き渡る風ようなヴァイオリンが印象的でした。弱音器をつけたチェロによるトレモロは、木々のざわめきを彷彿とさせ、「自然」を感じました。さまざまな表情を見せながら自由奔放に動いていた二つの楽器が、やがてユニゾンになり、まるで生まれる前は一つの楽器だったかのように、調和した和音に集まっていきました。第3楽章はヴァイオリン黒川さんの堂々たるソロから始まり、これまでの要素――ピッツィカートやユニゾン、交替の機知など――が次々と現れます。ぶつかり合う音程が半音階でじわじわと緊張感を高めながらせり上がり、これ以上はないところまで上り詰めたところで、足元の地面がなくなり、また一から新たな世界が始まります。彼方から聞こえてくる伊東さんのチェロの優しいリュートのような伴奏にのって、ヴァイオリンがエキゾチックな調べを奏でます。チェロのピッツィカートが急激に変容し盛り上がり、アルコ(弓で)となって大きな潮流へ合流し、大きな渦となってフィニッシュしました。

 

 アンコールはサン=サーンスの《白鳥》で、ヴァイオリンがメロディーを担当し、チェロが和声を担当する編曲でした。《白鳥》のメロディーに、こんなに美しい対旋律が付けられるのかと感動しました。また、サン=サーンスのメロディーに潜在するバッハ的な要素も浮き彫りになるようで、たくさんの発見に満ちたお二人の演奏でした。

 8本という少ない弦の可能性、楽器の表現の限界を突き詰め、さらに上を求め続ける作曲家の挑戦に演奏家が全力で応え、とても熱い演奏が繰り広げられた稀有な演奏会となりました。

 

(2019年1月6日開催)

 

<プロフィール>

黒川 侑(くろかわ・ゆう)Violin

2006年日本音楽コンクール第1位、岩谷賞(聴衆賞)他3つの特別賞を受賞。2015年ルドルフォ・リピツァー国際ヴァイオリンコンクールでAnna Piciulin特別賞、2016年仙台国際音楽コンクールで聴衆賞を受賞。
これまでにスイス・ロマンド管弦楽団、スペイン国立管弦楽団、東京フィルハーモニー交響楽団、日本フィルハーモニー交響楽団、新日本フィルハーモニー交響楽団、関西フィルハーモニー管弦楽団、京都市交響楽団、大阪フィルハーモニー交響楽団、大阪交響楽団など国内外のオーケストラとの共演、リサイタルなど多くの演奏会に出演。京都市交響楽団定期演奏会(広上淳一氏指揮)での演奏がCD「名曲ライブシリーズ」に収録された。
また国際音楽祭ヤング・プラハに招待され、ファイナルコンサート(ドヴォルザークホール)で、プラハ室内交響楽団と共演。その後再度招待され、ワルトシュタイン宮殿を始め、チェコ各地で演奏会に出演して高い評価を受ける。
ウィーン、ブリュッセルで研鑽を積んだ後、桐朋学園大学院大学(修士課程)修了、現在エコール・ノルマル音楽院で勉強を続けている。
工藤千博、P.ヴェルニコフ、漆原啓子、堀米ゆず子、藤原浜雄、S.ルセフ、F.シゲティの各氏に師事。
倉敷市芸術文化奨励章、岡山芸術文化賞グランプリ、音楽クリティック・クラブ賞奨励賞、京都府文化賞奨励賞、京都市芸術新人賞、青山音楽賞、出光音楽賞を受賞。


伊東 裕(いとう・ゆう)Cello

1992年奈良県出身。6歳よりチェロを始める。日本演奏家コンクール小学生部門第1位およびグランプリ受賞。泉の森ジュニアチェロコンクール小学生部門および、中学生部門金賞。大阪国際音楽コンクール中学生部門第1位およびジャーナリスト賞、大阪府知事賞受賞。第77回日本音楽コンクールチェロ部門第1位および徳永賞受賞。生駒市市民功労賞受賞。京都フランス音楽アカデミー、草津夏期国際音楽アカデミー、クールシュベール夏期国際音楽アカデミーなどのマスタークラス受講。長岡京室内アンサンブル、関西フィルハーモニー管弦楽団、日本センチュリー交響楽団、神戸市室内合奏団ほか、多くのオーケストラと協演。小澤国際室内楽アカデミー、音楽塾オーケストラ、また中之島国際音楽祭、いこま国際音楽祭、武生国際音楽祭などに参加。朝の光のクラシック、兵庫県立芸術文化センターワンコインコンサートなどに出演。
これまでに斎藤建寛、向山佳絵子、山崎伸子、中木健二らに師事。東京芸術大学音楽学部器楽科を首席で卒業、在学中に福島賞受賞。現在、同大学院音楽研究科修士課程に在学中。
トッパンホールには、2015年7月の山根一仁公演、16年6月のジャン=ギアン・ケラス公演にアンサンブルメンバーとして出演している。