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確信を秘めて突き進む鐵百合奈。"情"と"知"の融合──

確信を秘めて突き進む鐵百合奈。


美竹清花さろん開場一周年記念コンサートは、ピアニストの鐵百合奈さんが “生と死” をテーマにプログラムを組んでくださいました。

今回のコンサートに来られた方は神からの特別な恩寵に恵まれたような気がします。

これを言葉でご説明することは困難至極、
本当に心に響く音楽に出会ったとき、音楽を胸の内奥に近いところで感じることがあります。
今回の演奏はそうした演奏で、とてつもなく興味深いものでした。
 
鐵さんにはときどき、神様が本当に降りてしまうのかも知れません。
鐵さんが深くご自身に没入された演奏会に参加されたことがある方は、運が良いというだけではなく、奇跡的な出会いといえるのではないでしょうか。

いい音楽、いい演奏というものは、耳を傾けるすべての人を浄化してしまいますが、
それにしてもこの鐵百合奈さんの演奏の見事さといったら、とうてい言葉になどできません。


“生と死”という神秘的な、崇高なテーマだけに、
「この感動を天国にまで持参していきたい」
・・・そんな風に感じるほどでした。


鐵さんの今まで聴いた演奏ではもっとも印象的だったのは、ベートーヴェンとシューマンだったのですが、バッハとショパンもこれほど見事なものかと、感服しました。




バッハの平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第12番 ヘ短調 BWV857からスタート。
へ短調のなんとも言えない沈むような暗さといいますか、随所に憂愁な影が差しています。

さらに2曲目は、バッハが死ぬ直前に書いたとされる「汝の御座の前にわれはいま進み出で」BWV668。
なんと、本来オルガン用に書かれたこの曲をピアノ用に編曲、アレンジし、一周年記念にとプレゼントをしていただきました!

編曲をしてくださったのは、第86回日本音楽コンクール、作曲部門で1位を受賞された久保哲朗さんです。
第86回日本音楽コンクールは、偶然にも、鐵百合奈さんが2位と聴衆賞を受賞された同じ年のコンクールです。

そんな久保哲朗さんが書いてくださったプログラムノートより、バッハの作曲に対する情熱が感じとられます。



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オルガン曲『われ汝の御座の前に進み出て』BWV 668はバッハ最晩年の作品とされている。この作品はバッハ最後の大作『フーガの技法』初版に付随して出版されており、その序文には、

・未完に終わった最後のフーガの穴埋めとして付け加える
・故人が失明の中で即興的に口述し、友人の1人に書き取らせた

という伝説めいた記述がある。コラール旋律として用いられる『われ汝の御座の前に進み出て』はバッハの作品中3回、BWV431、641、668/668aにそれぞれ用いられているが、前2作がコラール旋律をそのまま生かした素朴な形式であるのに対し、BWV 668aでは高度なフーガ、模倣の技法が駆使されており『フーガの技法』に加えられたこともうなづける。

今回ピアノ独奏にアレンジするにあたっては、オルガンの持続音の効果をできるだけピアノへと移し変えること、また個人的にこの作品は未完=全体の大まかなスケッチと感じたので必要最低限の声部の挿入、全体のバランスを整えるために自由な形式の補完を行った。

ちなみに、バッハの死後に出版されたにも関わらず現在残っている手稿譜(BWV 668)は出版譜(BWV 668a)と若干の違いが見てとれる。死が近づいた最後の時まで作品をより良いものにし続けた巨人の姿が見てとれるだろう。(久保哲朗)

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バッハの宇宙を的確に説明することなどは、とうてい常人には不可能です。
例えば、ただ暗いだけではなく、その暗さのなかに光が差しこめ、天国へ向かうような崇高な魂を感じることができます。
そうした気高さは、最期の最後まで、音楽に対して捧げられた情熱からもたらされているのではないでしょうか。
それらの遺産が、現代に生きる素晴らしい作曲家によって引き継がれ、このようなかたちで楽譜を献呈していただけたことは、とても感慨深いものがあります。
ただただ、感謝です。






今回の演奏会では珍しく、アンコールが前半の休憩の前にございました。
しかも、ただのアンコールではなく「ダンスブレイク」と称し、ショパンのマズルカOp.17-1、Op.17-2、Op.17-4。
そして、演奏会で取り上げられるのは珍しい作曲家、マリア・シマノフスカのポロネーズです。
休憩後のショパンのプログラムが、ダンスが隠れたテーマになっているという視点から組まれたプログラムで、鐵さんならではの機知に富んだ配慮がなされていました。






後半のプログラムでは、今回のメインであるショパンのソナタ第2番変ロ短調 作品35「葬送」でした。

この演奏は、"驚き"の一言です。

まったく性格の異なる4楽章構成のこの曲ですが、まるで霧を晴らすかのように作品本来の姿を紡ぎ出します。
雄大でありながらも繊細な美しさ、静かな叙情、そのすべてが曲の核心を突いていきます。

「鐵さんの演奏スタイルは誰も真似することはできない」――そんなお声もたくさんいただくことがありますが、よく理解できます。

鐵さん独自の、確信を秘めて突き進むデモーニッシュな湧現には、とても感動させられます。
さらに、スタイルを超越した音楽そのものの偉大さを改めて感じさせてくれるのです。
これは、単に情的なものでも、知的なものでもありません。
情的なものも知的なものも、いずれも絶妙にピタッとジャストフィットして、私たちのハートに真っ直ぐに届くのです。
その世界観に圧倒され、涙を流す方もいらっしゃるほどでした。
鐵百合奈というピアニストの凄さをまた体感することができました。




本プログラムのテーマである“生と死”――

偉大な作曲家は皆、それを意識し、自らの生涯というドラマに重ね合わせ、それを作品に反映してきました。
現代に生きる私たちにできることとは、そうした作品からインスピレーションを受け、
自らの生きる使命を探求し、それを全うしていくことしかできません。

今回の演奏会のように、そうした意義深い作品を、多くの方と深い感動をもって共有できることも奇跡といえるのではないでしょうか。