研ぎ澄まされたピアニズムが照らし出す──"作曲家たちのつながり"
佐藤彦大の〈さすらい人〉を中心とした散策
佐藤彦大の名曲特集は、今年で4回目を迎える。
もともとは「名曲特集」として、さまざまな作曲家の方々にご出演いただく企画を構想していたのだが、佐藤氏の多彩なピアノの魔法と、深く練られたプログラミングがこの趣旨に驚くほど自然に重なり、今ではこの“名曲特集”のシリーズとして欠かせなくなっている。
「名曲特集」というタイトルからは、名曲ばかりを並べた華やかなコンサートを想像されるかもしれない。
だが、佐藤氏の場合は異なる。彼のプログラムは常に、ひとつの中心的な作品を軸にストーリーを描くように構成されていて、単に名曲を並べているわけではない。
そして、その背後には音楽的な思想と明確な構造がある。
これまでの公演を振り返っても、印象に残る瞬間が数え切れない。
彼のピアノはシューベルトが特筆に値すると感じていたが、前回のシューマン《謝肉祭》では、まるで物語の登場人物が次々と姿を現すような多面性に満ちた演奏で驚かされた。
ショパンの《バラード第3番》は聴く者の心を掴んで離さず、その前の回で演奏されたモーツァルトでは、音楽の純度の高さと弱音の美しさに、思わず息をのむほどであった。
そうした経緯もあり、今回はぜひ彼のシューベルトをメインに聴きたいという思いから、《さすらい人幻想曲》をリクエストした。
孤独と狂気のはざまを彷徨うこの作品を、佐藤彦大がどのように描き出すのか、彼の繊細かつ知的なピアニズムが、どんな深みを見せてくれるのか、今から胸が高鳴る。
さらに今回のプログラム全体にも、彼らしいストーリー性と歴史的つながりが見事に貫かれている。
以下に記すのは、佐藤氏自身による「プログラムに寄せて」の言葉である。 この一文を読むだけでも、彼の作品と向き合い方、音楽の背後にある作曲家の精神を掘り下げていく姿勢が感じられるだろう。 (渋谷美竹サロン)
プログラムに寄せて──
生粋のウィーンっ子、シューベルトの「さすらい人幻想曲」を軸にしたプログラムで、感情や物事の対比に焦点を当ててみた。特に今回は暗めの作品の比率も高い。一方で、クレメンティとモーツァルトはウィーンで競演したライバル。ベートーヴェンはクレメンティの作品を高く評価していたらしい。さすらい人幻想曲のモチーフとなった歌曲の「さすらい人」や、名曲「魔王」をはじめ、チェコやスペインの作品にも登場して貰い、ストーリーを感じて頂けたら幸いである。(佐藤 彦大)