鳥と自然音-神秘の虹を探しにゆく
一度メシアンの音楽に魅せられた人は、日常にあふれる自然に触れることが幸せでたまらなくなるのではないでしょうか。ふと、木洩れ日がやけに美しいと感じたとき-自由にさえずる鳥の声とともに、メシアンの音響を思いました。メシアンは音楽を通して、日々の忙しさでどこかへ忘れかけてしまう大切なものを思い出させてくれる-そしてそれが、彼が人生をかけて全うした「愛」なのではないか、と思ったとき、次のテーマは「鳥と自然音」にしたいと感じました。もちろんメシアンの描く自然は、美化されたものではなく厳しさもあります。大地の轟く音、星の分裂する音…それらは最大級の音量を求められ、壮大な世界観を構築します。最小も最大も可能な限り書き記された楽譜は、バッハやベートーヴェンとも共通するような説得力とリアリティに満ちています。現実の厳しさに対峙したうえで蒔き続けてくれる夢や希望を、「幸福のかけら」とでも名付けましょうか。
まずは昨年のアンコール曲『鳩』から神秘の魔法の世界へ。この作品を弾くと、不思議な時空を感じる一方、とても満たされた気分になります。前半は美しきキャンバス『鳥のカタログ』を。私がメシアンに大きく惚れ込んだきっかけのひとつが、夜の色を「黒」と表現しないところにあります。溶け込む夕陽の炎と岩陰に帰る鳥の声から想う色、海の静けさと月明りにちらつく水面の輝き-ここから想像しうる色彩は赤やオレンジ、紫をも遥かに超えた風情が漂い、フランス文学や和歌にも通じる感性の趣を放っています。緻密で詩的なラヴェルの「鳥」と、実験音楽の代表格ベリオの「自然音」を合わせ、どのような化学反応が起きるのか…ぜひ一緒に「実験仲間」となっていただきたいです。
後半はメシアンの師であり、自然の描写や鳥の声を大切にしていたデュカスと、ドビュッシーの甘美な小品を合わせます。芸術運動に大きな影響を及ぼした存在「パン(牧神)」を経て、人間の欲、神の存在を考えます。そして『幼子イエスに注ぐ20のまなざし』から暗示的な『東方の三博士』を入れつつ、全能者の恩恵のもとで生きる人類への愛情、メシアンの綴るヒューマニズムの光に浸れたらと思います。
昨年に続いて渋谷美竹サロンという素晴らしい「実験室」で、メシアンの音楽にとことん向き合えることを心から嬉しく思います。実験的に書かれ続けた複雑な和声やリズムは、メシアン自身の言う「混乱という神秘の虹」を私たちに見せてくれる重要な要素です。さまざまな工夫が重ねられたその虹は、複雑である世のなかに、揺るぎない一筋の「愛」を差し込んでくれるようです。私と、美竹サロンの皆様と、いらしてくださる皆様それぞれが、さまざまに美しく香り立つ虹を見れば見るほど-きっとメシアンは喜んでくれる。私ひとりでは見つけきれない「幸福のかけら」を、ぜひ探しに来てください。
(深貝 理紗子)
プロフィール
深貝 理紗子(FUKAGAI Risako)Piano
東京音楽コンクール第2位、ショパン国際ピアノコンクール in ASIA コンチェルトC部門アジア大会ブロンズ賞、フランスピアノコンクール第1位、C.カーン国際音楽コンクール第3位、J.フランセ国際音楽コンクール入選など国内外で受賞。
2015年渡仏。パリ・エコール・ノルマル音楽院の最高高等演奏課程に授業料全額免除奨学生として在籍し卒業。パリ・スコラ・カントルム音楽院ヴィルトゥオーゾ課程及びコンサーティスト課程を審査員満場一致の最高評価を得て首席で修了。
これまでに下野竜也氏、川瀬賢太郎氏などの指揮のもと東京交響楽団などと共演。東京文化会館主催公演や岩崎ミュージアム・山手ゲーテ座主催公演をはじめとして多数のコンサートに出演。皇居での御前演奏や、フランス「世界文化遺産の日」を記念する文化財でのデモ演奏、パリ市内「若手指揮者育成のためのワークショップ」公式ソリストなども務めた。
これまでにピアノを横山幸雄、オリヴィエ・ギャルドンの各氏に、室内楽をシャンタル・ド・ビュッシー、原田禎夫、今井信子、松本健司の各氏に師事。
現在演奏活動の傍ら、コンクールの審査員や主宰音楽教室、インターナショナル音楽教室にて後進の育成とクラシック音楽の普及に尽力している。
オフィシャルホームページ:
https://risakofukagai-official.jimdofree.com/
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