鐵 百合奈 狂気の優しさを幻想に見る
─シューベルトからシューマンへ─ <第2回>「情熱と幻想」
優しさを増す狂気、そして受苦──
シューマンの《交響的練習曲》とシューベルトの《ピアノ・ソナタ第19番》。前者は技巧が目を引き、後者はベートーヴェンからの影響がよく取り沙汰されるため、その内実に言及される機会は少ないように思います。両者に共通するのは、優しさを増す狂気。技巧性や作曲法、曲にまつわるエピソードによってマスキングされていますが、その本質は優しさと狂気だと感じています。
シューマンの変奏曲形式では、ピアノ・ソナタに見られる執拗さが薄れるように思いますが、その反面、同じテーマから発した同一の本質を共有する多様な曲想が現れては消えていくのが魅力的です。技巧的な変奏では火花が強烈な光を放っては忽ちかき消え、遺作では彼の優しさが無限に広がります。
シューベルトの旋律は歌と喋りが一体となり、優しく空気に溶け、私たちの心に直接語りかけてくるよう。共感しながらシューベルトの声に耳を傾けていると、彼の世界に惹き込まれ、気がつくと狂気に包まれている…、でもその狂気を心地よく感じます。
今回のタイトルは「情熱と幻想」です。情熱とはパッション、パッションは受苦と理解することができるでしょう。受苦は幻想によって変容し、作品の本質を顕わにし、作品によって受苦もまた変容します。すなわち作品とは、演奏することを通して、受苦が変容して幻想となり、同時に、幻想も変容して受苦となるものなのです。演奏を通じて、曲の本質である優しさを増す狂気を、皆様と共に感じることができましたら幸いです。
(鐵 百合奈)
全シリーズ・プログラム一覧
第1回「追憶と幻想」 2022年9月17日(土) 18:00開演
シューマン:幻想曲 ハ長調 Op.17
シューベルト:ピアノ・ソナタ 第18番「幻想」 ト長調 D 894
第2回「情熱と幻想」 2023年4月29日(土) 18:00開演
シューマン:交響的練習曲 Op.13(遺作入り)
シューベルト:ピアノ・ソナタ 第19番 ハ短調 D958
第3回「包容と幻想」 2023年11月25日(土) 18:00開演
シューマン:クライスレリアーナ Op.16
シューベルト:ピアノ・ソナタ 第20番 イ長調 D959
第4回「瞑想と幻想」 2024年6月15日(土) 18:00開演
シューマン:幻想小曲集 Op.12
シューベルト:ピアノ・ソナタ 第21番 変ロ長調 D960
プロフィール
鐵 百合奈(TETSU Yurina)Piano
2019年、N&FよりCDデビュー。2021年には2枚目のCD「シューマン」をリリースし、「レコード芸術」で準特選盤、毎日新聞や「音楽現代」などで特薦盤、推薦盤に選ばれる。
2019年よりベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲演奏シリーズを開催、NHKからドキュメンタリーが放映される。
多くのリサイタルを開くほか、読売日本交響楽団、東京交響楽団、広島交響楽団などオーケストラとの共演も多い。
第86回日本音楽コンクール第2位、岩谷賞(聴衆賞)、三宅賞。第4回高松国際ピアノコンクール審議員特別賞。第20回日本クラシック音楽コンクール高校の部第1位、グランプリ。第11回大阪国際音楽コンクール、第14回ローゼンストック国際ピアノコンクール、各第1位。 2015年、皇居内桃華楽堂において御前演奏を行う。2017年度香川県文化芸術新人賞受賞。
ヤマハ音楽振興会、よんでん文化振興財団、岩谷時子 Foundation for Youth、宗次エンジェル基金より、奨学金の助成を受ける。
学術面では、論文「『ソナタ形式』からの解放」で第4回柴田南雄音楽評論賞(本賞)を受賞、翌年「演奏の復権:『分析』から音楽を取り戻す」で第5回同本賞を連続受賞。
東京藝術大学附属音楽高等学校、同大、同修士課程、同博士後期課程を修了、論文「演奏解釈の流行と盛衰、繰り返される『読み直し』:18世紀から現在に至るベートーヴェン受容の変遷を踏まえて」で博士号を取得。2020年より桐朋学園大学院大学専任講師に就任。
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