悲しみ、なぐさめ、希望、
美しい流れが生み出す物語、詩、そして哲学
鐵百合奈の本気の演奏が聴きたい──ベートーヴェンのピアノソナタ(全曲)をはじめ、シューマンやシューベルトなど、
多くのピアノ作品をコンプリートしてきた彼女が、今、虚心に自分と向かいあい、
演奏したいと感じている作品とは、どんな曲なのか──
限られたレパートリーをどこまでも深掘りし、名演を生み出してきた指揮者や演奏家も多いが、
演奏家にとって、多くの作品に触れるということは、大きな意義を持つのだろう。
そんな演奏家が、初心に帰り、採り上げる作品には、どんなメッセージが含まれているのだろう。
そういった疑問を彼女に投げかけたところ、以下のプログラムが提案されてきた。
「改めて、美竹サロンで演奏したい」と彼女が語ったプログラムは、
物語の始まりに華を添えるような女性作曲家ペヤチェヴィチの《花の一生 Op.19》から始まるプログラムであった。
そして、ベートーヴェンのピアノソナタ第27番 Op.90と第28番 Op.101と続く。
鐵氏がその第2楽章を「優しい歌」と表現するOp.90は、第1楽章とのコントラストが鮮やかで、
ベートーヴェン中期の特徴が際立った作品だ。
Op.101は後期の代表作ともいわれ、内省的かつ哲学的な音楽が、聴き手をベートーヴェンの精神的深みへと導く。
後期3大ソナタが注目されがちな中、これらの2曲は、ベートーヴェンの精神性と哲学が紡ぐ美しい流れが感じられる貴重な作品である。
後半は、ショパンの劇的な幻想曲ヘ短調 Op.49、さらにポロネーズ第6番「英雄」と第7番「幻想」である。
特に「幻想」ポロネーズは、彼女が昨年より“あたためてきた”という作品であり、彼女の思い入れが深い一曲だ。
今回も、プログラム全体が彼女らしい詩的な美しさと情感に満ちている。
鐵百合奈の演奏には独特の魅力があるが、それは、彼女選ぶ作品には、以下の三つのキャラクターが内包しているからと感じられる。
一つ目は孤独感を湛えた男性、二つ目は自由に駆け回る子供、三つ目は包容力と懐かしさを感じさせる母性。
この多面的なキャラクターが、どの作品にも「鐵百合奈風」ともいえる独自の色彩を与え、ファンの感性を捉えるのではないか。
最後に、鐵氏からのメッセージを紹介したい。
ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第28番は、息子を喪った婦人を慰めるためにベートーヴェンが弾いたと伝えられる曲です。前半はこの第28番を中心に、美しい花々と、優しい歌の第27番で包みました。
後半は重い足取りで始まる幻想曲と、華やかなようでいて孤独と悲哀を感じさせる英雄ポロネーズ、そして幻想曲ポロネーズ…。幻想ポロネーズは、祈りのようなコラール、感情の吐露を経て、最後は力強く終わり、生きる希望や決意が感じられます。
この度もこの美竹サロンの空間で、心の深奥を皆様と共有できましたら幸いです。(鐵 百合奈)