演奏に寄せて
鍵盤音楽の歴史においてこれまでに生まれてきた多種多様な作品の中で、謂わばその三大潮流を築き上げてきたのがドイツ・フランス・ロシアの音楽だと言ってよいでしょう。
異なるようで沢山の共通点があり、でもやはり全く異なる音使いで成り立っているこれらの3つの国の音楽たちは、しかし僕にとってはどれも大切であり欠かすことはできず、不思議なバランスを保ちながら僕の心の中に存在しています。
常に尊敬の念を抱きながらも、その存在の偉大さに未だ近付き難さすら感じてしまうドイツの音楽、パリ留学生活を始めて以来、次第に最も身近になり自然体で接することのできるようになったフランスの音楽、幼少の頃、なんだかよく分からないけれどその魅力に惹かれるようになり、以来頻繁にではないものの、自分の音楽生活の重要な局面で折に触れて弾いてきたロシアの音楽。
それら3つを意図的に1つのコンサートで並べるという試みは思えば今までしたことはありませんでしたが、以前よりは少しだけ世界のことが分かるようになってきたかもしれないという錯覚を覚えるようになった今、それをしてみたい、と思い立ちました。
たった一度の短い人生において自分が多くのことを理解することができる、などと僕は自信を持って断言することは出来ませんが、でも決して理解はできなくとも自分の心だけは、常に多くのものに魅せられている心でありたい、と思っています。
沢山の種類の作品を人前で演奏する意味は、決してそれを充分に理解し自信を持ってひとに提示することができなくとも、それらのうちのたった幾つかだけでも、人前で演奏する経験を重ねるにつれ少しずつ理解することができるようになるかもしれない、という淡い希望を、先の未来に描いているからです。
プロフィール
務川 慧悟(むかわ・けいご)Piano
1993年生まれ。東京藝術大学1年在学中の2012年第81回日本音楽コンクール第1位受賞を機に本格的な演奏活動を始める。2014年パリ国立高等音楽院に審査員満場一致の首席で合格し渡仏。現在、同音楽院第2課程にて研鑽を積む。
2015年エピナル国際ピアノコンクール(フランス)第2位。2016年イル・ド・フランス国際ピアノコンクール(フランス)第2位。コープ・ミュージック・アワード国際コンクール(イタリア)第1位。国内では第62回全日本学生音楽コンクール中学校の部全国大会第1位、第14回松方ホール音楽賞、等多くの受賞歴がある。
2017年シャネル・ピグマリオン・デイズのアーティストに選出され「ラヴェルピアノ作品全曲演奏」をテーマに6回のリサイタルを開催。これまでに、日本各地、スイス、上海、ラトビアにてリサイタルを開催のほか、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団、東京フィルハーモニー交響楽団、神奈川フィルハーモニー管弦楽団、フランスにてロレーヌ国立管弦楽団、等と共演。室内楽においては、チェロの木越洋氏、ヴァイオリンの篠崎史紀氏、大谷康子氏、等と共演。ソロ、コンチェルト、室内楽と幅広く演奏活動を行うと共に、留学記、コラムを連載するなど多方面で活動している。
フランク・ブラレイ、上田晴子、テオトール・パラスキヴェスコ、横山幸雄の各氏に師事。
2015・16年度ロームミュージックファンデーション奨学生。2017年度江副記念財団奨学生。