バッハの遺した巨編、ゴルトベルク変奏曲の系譜に連なる現代の傑作!
「『不屈の民』変奏曲」
フレデリック・ジェフスキー(1938−)は、アメリカ合衆国生まれの作曲家、ピアニストである。現代音楽の作曲家だが、その音楽の背後には、しばしば社会的、政治的なテーマが表れている。
「『不屈の民』変奏曲」(1975年作曲)はジェフスキーの中でもとりわけ著名な作品だが、この変奏曲のテーマ(主題)は、当時チリの独裁政権に対する抵抗運動の中で生まれた革命歌「不屈の民」である。“団結した民衆は、決して敗れることはない”という歌詞を持ったソングが、抑圧された人々を鼓舞し、権力に立ち向かうための原動力となった。そのソングは3分ほどの短いものだが、ジェフスキーはこれを出発点にして、36の変奏曲を作った。
変奏の中には、単にテーマの展開のみならず、変奏同士の組み合わせも見られるし、全く新たなテーマ(それらもまた、民衆がうたう歌)が展開されていく場面もあり、変奏曲というより、非常に壮大な物語絵巻のようだ。しかしその根底には、上に記した「不屈の民」の歌詞の精神が、一貫して流れている。
あるテーマを基に、変奏曲を作るというのは、クラシック音楽の歴史で伝統的な方法として用いられ、多くの名変奏曲が生み出されてきた。その中で、バッハの「ゴルトベルク変奏曲」は最も知られ、最も巨大なひとつだが、その系譜に連なる作品に、ベートーヴェンの「ディアベッリ変奏曲」がある。「ゴルトベルク」は30の変奏、「ディアベッリ」は33の変奏を持つが、その「ディアベッリ」にインスパイアされて作られたのが、「不屈の民」なのだ。
「バッハを辿る」中で、今回は直接関係のない作品だが、ベートーヴェンを通過することで、この変奏曲にもバッハとの関連が生まれてくる。そして、更に重要なのは、このプロテスト・ソングが我々にとって、遠くない歴史と関連付くということだ。現代音楽で1時間を超えるというのは、決して易しい試みではないかもしれない。だが、この音楽が持っているエネルギーやスピリットといったものは、現代の私たちに痛切なものとして訴えかけるものがある。私たちは、互いに関連付くことに無関心だったり臆病だったりしないだろうか?と。
(入川 舜)
プロフィール
入川 舜(IRIKAWA Shun)Piano
静岡市出身。東京芸術大学音楽学部ピアノ科卒業、同大学院研究科修了。文化庁海外派遣研修員として、パリ市立地方音楽院とパリ国立高等音楽院修士課程でピアノ伴奏を学ぶ。
高瀬健一郎、寺嶋陸也、辛島輝治、迫昭嘉、A・ジャコブ、J−F・ヌーブルジェの各氏に師事。
パリ・シャトレ座はじめフランス各地やスイスで演奏するほか、オーケストラとの共演、室内楽、コンクールや講習会での演奏、録音など、活発な活動を行っている。
「静岡の名手たち」オーディションに合格。神戸新聞松方ホール音楽賞、青山バロックザール賞(依田真宣(Vn)、内田佳宏(Vc)両氏とのピアノトリオとして)を受賞。
日本人作曲家の作品を蘇らせたCD「日本のピアノ・ソナタ選」をミッテンヴァルト社より発売、文化庁芸術祭参加作品となる。
2011年デビューリサイタルを開催。以後も、2015年のドビュッシーのエチュード全曲など意欲的なプログラムでリサイタルを行う。
南フランス、サン=ジャン・ド・リュズで行われているラヴェルアカデミーでは、歌曲クラスのピアノ伴奏助手を務める。 またフランス各地での講習会(ナンシー、ヴァンセンヌ、ニー スなど)では器楽の様々なクラスの伴奏員を務める。
2016−2017年はパリ市立地方音楽院でピアノ講師と伴奏員を務めた。
現在、オペラシアターこんにゃく座のピアニスト、東京藝術大学非常勤講師を務める。