歌わずにはいられない時、ベートーヴェンがそばにいる──
第6回「歌のかなた」は、全て長調の曲で構成しています。全て長調の回は、この他に第3回「構築を求めて」のみで、これら両者は全8回を二つに割ると対称的に重なり合うように配置しています。内容も対照的になっていて、緻密に構築された男性的な曲を集めた第3回に対し、第6回では、新鮮なインスピレーションに満ち、語りが次なる語りを呼んでいくような曲を集めました。
ベートーヴェンは自然を愛したことでよく知られています。第24番《テレーゼ》にも、みずみずしい自然への気付き、道端のちいさな花を愛でる心などが、生き生きと息づいているように感じられます。第30番は、そのような自然との触れ合いから、最終的に宇宙的な広がりへと到達します。
また、このシリーズ後半回の特徴としている「同じ作品番号の下に組み合わされたセットのソナタ」、今回は作品14の第9番と第10番を選びました。このセット・ソナタは穏やかで優しい歌に満ちており、ベートーヴェンが初期のピアノ・ソナタの頃から、後期に通ずる「歌」を紡いでいたことが分かります。
私たちが散歩していて、あるいは沈思黙考していて、ふと、何か歌を口ずさみたくなるとき──そばにベートーヴェンの精神が寄り添っているのかもしれません。
ベートーヴェンのピアノソナタ全曲演奏に向けて
ベートーヴェンのピアノソナタを弾くと、心が洗われるように思います。200年ほど前に書かれたにも拘らず、今でもさまざまな発見に満ちています。
弾く度に、聴く度に、新しい。作品を「読み直す」ことによって、生きた息吹が通い、新鮮な感動が生まれます。
さらに、ベートーヴェンのソナタは、作品内でも作品相互間においても複雑な相関関係を持ち、互いに注釈し合っています。そのため、従来に多い時系列順の全曲演奏ではなく、私独自の視点からプログラムを組みました。
これまでにない分析を演奏に生かすことを試みたいと思っています。
このような意義深く記念碑的なベートーヴェンのピアノソナタの全曲を演奏させていただくことに至福の思いを抱いています。
親密な空間のサロンで行うことで、聴衆の方も作品に積極的にアプローチしやすくなり、作品に「参加」していただけるのではと思いを込めています。
(鐵 百合奈)
プロフィール
鐵 百合奈(TETSU Yurina)Piano
1992年香川県生まれ。2019年、N&FよりデビューCD「シューマン: ソナタ3番 ブラームス: 左手のためのシャコンヌ」をリリース。「レコード芸術」で準特選盤、毎日新聞で特薦盤に選ばれ、作品への深い洞察と共感による情感豊かな演奏と評価される。
同年よりベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲演奏シリーズを「美竹清花さろん」にて開催、NHKからドキュメンタリーが放映される。
横須賀芸術劇場や三井住友海上文化財団のフレッシュアーティスツに選ばれるなど、多くのリサイタルを開いている。三井住友海上文化財団の派遣アーティストとしても演奏活動を行っている。
オーケストラとの共演も多く、これまでに読売日本交響楽団、東京交響楽団、広島交響楽団、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団、神奈川フィルハーモニー管弦楽団、芸大フィルハーモニア、高松交響楽団、名古屋シンフォニア管弦楽団と共演。
第86回日本音楽コンクール第2位、岩谷賞(聴衆賞)、三宅賞。第4回高松国際ピアノコンクール審議員特別賞。第20回日本クラシック音楽コンクール高校の部第1位、グランプリ。第11回大阪国際音楽コンクール、第14回ローゼンストック国際ピアノコンクール、各第1位。 2015年、皇居内桃華楽堂において御前演奏を行う。2017年度香川県文化芸術新人賞受賞。
ヤマハ音楽振興会、よんでん文化振興財団、岩谷時子 Foundation for Youth、宗次エンジェル基金より、奨学金の助成を受ける。
学術面では、論文「『ソナタ形式』からの解放」で第4回柴田南雄音楽評論賞(本賞)を受賞、翌年『演奏の復権:「分析」から音楽を取り戻す』で第5回同本賞を連続受賞。
東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校を経て、東京藝術大学を卒業、同大学院修士課程、同博士後期課程を修了し、論文「演奏解釈の流行と盛衰、繰り返される『読み直し』:18世紀から現在に至るベートーヴェン受容の変遷を踏まえて」で博士号を取得。2020年4月より桐朋学園大学院大学専任講師に就任。公式サイト
https://tetsu-yurina-piano.com/