幻想、自然、神の声──
ソナタ全曲最終回、ベートーヴェンの真髄が今ここに
「幻想」と題した最終回では、第13番、第14番《月光》、第25番《かっこう》、第32番を取り上げます。
第13番と第14番は2曲セットで作品27としてまとめられ、ベートーヴェン自身によって《幻想曲風ソナタ》と名付けられ出版されました。ここでの「幻想曲」とは、即興的な楽想が次から次へと自由に書かれる曲の形態をあらわします。つまり、「幻想曲風ソナタ」は、ピアノ・ソナタでありながら曲の形式から自由になった、新しいジャンルを示すタイトルとなっています。ベートーヴェンはピアノ・ソナタの新しい姿を、この作品27の2曲に求めたのです。「幻想曲(ファンタジー)」とは曲のスタイルの名前ではありますが、自由な形式の楽曲を示すものは他にもたくさんあります──「狂詩曲(ラプソディー)」、「奇想曲(カプリッチョ)」など。ここでベートーヴェンが「幻想曲」を選択したことには意味があり、形式からの解放と幻想性の内包を同時に目指したと言えるでしょう。
25番《かっこう》は、ベートーヴェンによってソナチネと題された易しいソナタで、かっこうの鳴き声などを通して、素朴な自然が描かれます。「自然」というキーワードは、前々回第30番においても重要でした。前回の31番は神との対話(第3楽章の「嘆きの歌」には、人間の声が印象的に書かれています)。そして今回の32番では、ベートーヴェンは「神の声」を聴いています。
「幻想」と「神の声」──ベートーヴェンがピアノ・ソナタで表現しようとした音楽の真髄に、ついに迫ることができます。ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲演奏会シリーズの最終回、どうぞ最後までお付き合いください。
ベートーヴェンのピアノソナタ全曲演奏に向けて
ベートーヴェンのピアノソナタを弾くと、心が洗われるように思います。200年ほど前に書かれたにも拘らず、今でもさまざまな発見に満ちています。
弾く度に、聴く度に、新しい。作品を「読み直す」ことによって、生きた息吹が通い、新鮮な感動が生まれます。
さらに、ベートーヴェンのソナタは、作品内でも作品相互間においても複雑な相関関係を持ち、互いに注釈し合っています。そのため、従来に多い時系列順の全曲演奏ではなく、私独自の視点からプログラムを組みました。
これまでにない分析を演奏に生かすことを試みたいと思っています。
このような意義深く記念碑的なベートーヴェンのピアノソナタの全曲を演奏させていただくことに至福の思いを抱いています。
親密な空間のサロンで行うことで、聴衆の方も作品に積極的にアプローチしやすくなり、作品に「参加」していただけるのではと思いを込めています。
(鐵 百合奈)
プロフィール
鐵 百合奈(TETSU Yurina)Piano
2019年、N&FよりデビューCD「シューマン:ピアノ・ソナタ3番 ブラームス:左手のためのシャコンヌ」をリリース。「レコード芸術」で準特選盤、毎日新聞で特薦盤に選ばれる。2021年には2枚目のCD「シューマン:ピアノ・ソナタ2番,1番」が、「レコード芸術」で準特選盤、毎日新聞や「音楽現代」などで特薦盤、推薦盤に選ばれる。
2019年よりベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲演奏シリーズを「美竹清花さろん」にて開催、NHKからドキュメンタリーが放映される。
多くのリサイタルを開くほか、読売日本交響楽団、東京交響楽団、広島交響楽団などオーケストラとの共演も多い。三井住友海上文化財団の派遣アーティストとしても演奏活動を行っている。
第86回日本音楽コンクール第2位、岩谷賞(聴衆賞)、三宅賞。第4回高松国際ピアノコンクール審議員特別賞。第20回日本クラシック音楽コンクール高校の部第1位、グランプリ。第11回大阪国際音楽コンクール、第14回ローゼンストック国際ピアノコンクール、各第1位。 2015年、皇居内桃華楽堂において御前演奏を行う。2017年度香川県文化芸術新人賞受賞。
ヤマハ音楽振興会、よんでん文化振興財団、岩谷時子 Foundation for Youth、宗次エンジェル基金より、奨学金の助成を受ける。
学術面では、論文「『ソナタ形式』からの解放」で第4回柴田南雄音楽評論賞(本賞)を受賞、翌年「演奏の復権:『分析』から音楽を取り戻す」で第5回同本賞を連続受賞。
東京藝術大学附属音楽高等学校、同大、同修士課程、同博士後期課程を修了、論文「演奏解釈の流行と盛衰、繰り返される『読み直し』:18世紀から現在に至るベートーヴェン受容の変遷を踏まえて」で博士号を取得。2020年より桐朋学園大学院大学専任講師に就任。公式サイト
https://tetsu-yurina-piano.com/