光と闇、美しさと醜さ、革新と伝統──
シューマンは音楽作品のなかで、美しいもの以外も表現しようとした作曲家です。おそろしいもの、醜いものを描写しようとする試みは、当時において珍しかったと言えるでしょう。シューマンの暗い情熱や不気味な曲想は、美しく優しい旋律を切なく浮かび上がらせます。影があるから光が分かるように、醜によって美が際立っているのです。このように、シューマンの音楽は、美醜を包容しています。
シューベルトはどうでしょうか。シューベルトのピアノ・ソナタは、美しくもシンプルな響きや楽章構成はクラシカルですが、曲の細部に目を向けると、従来のソナタ形式に固執せず、自由な形式に挑戦していることが分かります。例えば《ピアノ・ソナタ第20番》の第1楽章では、短い動機を繰り返し使用することによって、独特の統一感と連続性を生み出しています。また、第2楽章では、愛らしい主題が登場し、穏やかな雰囲気を醸し出す反面、中間部は激しく即興的で、幻想曲風です。このように、シューベルトのピアノ・ソナタには従来のソナタ形式に縛られない柔軟性があり、新古を包容しています。
今回のタイトルは「包容と幻想」。シューマンの《クライスレリアーナ:ピアノのための幻想曲集》における美醜の包容と、文学と呼応して飛翔する幻想、シューベルトの《ピアノ・ソナタ第20番》の伝統と革新を内包する本質を表しています。この2曲は、“両極にあるものの包容”という本質が共通しています。その一方、表層的な表現方法…曲のパッケージとでも言えましょうか…は、対照的です。シューマンは複雑で小規模なピースを連ねることによって演奏時間の長い曲を構成し、シューベルトは平明で長大な楽章を古典的な四楽章に組み立てています。様々な角度から見る「包容と幻想」を、皆様と共に多元的に捉えることを試みたいと思っております。
(鐵 百合奈)
全シリーズ・プログラム一覧
第1回「追憶と幻想」 2022年9月17日(土) 18:00開演
シューマン:幻想曲 Op.17 ハ長調
シューベルト:ピアノ・ソナタ 第18番「幻想」 D 894 ト長調
第2回「情熱と幻想」 2023年4月29日(土) 18:00開演
シューマン : 交響的練習曲 Op.13 (遺作入り)
シューベルト:ピアノ・ソナタ 第19番 D958 ハ短調
第3回「包容と幻想」 2023年11月25日(土) 18:00開演
シューマン:クライスレリアーナ Op.16
シューベルト:ピアノ・ソナタ 第20番 D959 イ長調
第4回「瞑想と幻想」 2024年6月15日(土) 18:00開演
シューマン:幻想小曲集 Op.12
シューベルト:ピアノ・ソナタ 第21番 D960 変ロ長調
プロフィール
鐵 百合奈(TETSU Yurina)Piano
2019年、N&FよりCDデビュー。2021年には2枚目のCD「シューマン」をリリースし、「レコード芸術」で準特選盤、毎日新聞や「音楽現代」などで特薦盤、推薦盤に選ばれる。
2019年よりベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲演奏シリーズを開催、NHKからドキュメンタリーが放映される。
多くのリサイタルを開くほか、読売日本交響楽団、東京交響楽団、広島交響楽団などオーケストラとの共演も多い。
第86回日本音楽コンクール第2位、岩谷賞(聴衆賞)、三宅賞。第4回高松国際ピアノコンクール審議員特別賞。第20回日本クラシック音楽コンクール高校の部第1位、グランプリ。第11回大阪国際音楽コンクール、第14回ローゼンストック国際ピアノコンクール、各第1位。 2015年、皇居内桃華楽堂において御前演奏を行う。2017年度香川県文化芸術新人賞受賞。
ヤマハ音楽振興会、よんでん文化振興財団、岩谷時子 Foundation for Youth、宗次エンジェル基金より、奨学金の助成を受ける。
学術面では、論文「『ソナタ形式』からの解放」で第4回柴田南雄音楽評論賞(本賞)を受賞、翌年「演奏の復権:『分析』から音楽を取り戻す」で第5回同本賞を連続受賞。
東京藝術大学附属音楽高等学校、同大、同修士課程、同博士後期課程を修了、論文「演奏解釈の流行と盛衰、繰り返される『読み直し』:18世紀から現在に至るベートーヴェン受容の変遷を踏まえて」で博士号を取得。2020年より桐朋学園大学院大学専任講師に就任。
*やむを得ない事情により日時・内容等の変更、中止等がある場合がございます