「狂気の優しさを幻想に見る──シューベルトからシューマンへ」
このシリーズも最終回となります。この回では「瞑想と幻想」と題し、シューマンの《幻想小曲集 Op.12》、シューベルトの最後のピアノ・ソナタである《第21番 D960 変ロ短調》と向き合います。
シューマンは前回に引き続き、小品です。前回(クライスレリアーナ)は、小品と言えど大きな作品も兼ねた構成でしたが、今回は曲名にも「小曲集」とある通り、小品を集めたものです。曲それぞれに独自の世界観があり、まるで童話集のように、さまざまな色合いとタッチでファンタジー的な世界が描かれています。この幻想世界に浸っていると、ふとした瞬間にシューマンの心の生の声が入り込む…、彼の愛情や悲哀に、ハッとさせられます。
シューベルトの《ピアノ・ソナタ第21番》の世界は、もっと恐ろしいものと隣り合わせです。第1楽章は、春を思わせる優しい楽想が、境目なく狂気の世界へと繋がります。日常のすぐ隣に幻想があり、底知れぬ深淵が広がっている…、美しいがゆえに限りなく恐ろしい楽章です。第2楽章では、さらに右手の歌の美しさが極まっていく中、左手による歪な足取りは不穏さを増していきます。心の中にある階段を一歩一歩下りていき、自分自身の深層にたどり着いた時、人は果たして正気を保っていられるでしょうか…。第3楽章は世界がひらけ、明るい陽光が眩しいほどです。第4楽章はこれまでの楽章や20番までのピアノ・ソナタを回顧するように、さまざまな表情を見せ、吹っ切れたようにエネルギーを放出していきます。
この全4回のシリーズでは「幻想」にフォーカスしながら、シューマンとシューベルトに取り組んできました。2人の作曲家は表出の方向性は正反対と言えるほど大きく違っていますが、狂気という点では(性質は違っていても)両者ともに共通するところがあるように感じています。最終回のプログラムには、彼らの幻想と狂気が最も濃く内包されています。この世界に皆様と共に飛び込み、「瞑想と幻想」に浸ることができましたら幸いです。
(鐵 百合奈)
全シリーズ・プログラム一覧
第1回「追憶と幻想」 2022年9月17日(土) 18:00開演
シューマン:幻想曲 Op.17 ハ長調
シューベルト:ピアノ・ソナタ 第18番「幻想」 D 894 ト長調
第2回「情熱と幻想」 2023年4月29日(土) 18:00開演
シューマン : 交響的練習曲 Op.13 (遺作入り)
シューベルト:ピアノ・ソナタ 第19番 D958 ハ短調
第3回「包容と幻想」 2023年11月25日(土) 18:00開演
シューマン:クライスレリアーナ Op.16
シューベルト:ピアノ・ソナタ 第20番 D959 イ長調
第4回「瞑想と幻想」 2024年6月15日(土) 18:00開演
シューマン:幻想小曲集 Op.12
シューベルト:ピアノ・ソナタ 第21番 D960 変ロ長調
プロフィール
鐵 百合奈(TETSU Yurina)Piano
2019年、N&FよりCDデビュー。2021年には2枚目のCD「シューマン」をリリースし、「レコード芸術」で準特選盤、毎日新聞や「音楽現代」などで特薦盤、推薦盤に選ばれる。
2019年よりベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲演奏シリーズを開催、NHKからドキュメンタリーが放映される。
多くのリサイタルを開くほか、読売日本交響楽団、東京交響楽団、広島交響楽団などオーケストラとの共演も多い。
第86回日本音楽コンクール第2位、岩谷賞(聴衆賞)、三宅賞。第4回高松国際ピアノコンクール審議員特別賞。第20回日本クラシック音楽コンクール高校の部第1位、グランプリ。第11回大阪国際音楽コンクール、第14回ローゼンストック国際ピアノコンクール、各第1位。2015年、皇居内桃華楽堂において御前演奏を行う。2017年度香川県文化芸術新人賞受賞。
ヤマハ音楽振興会、よんでん文化振興財団、岩谷時子Foundation for Youth、宗次エンジェル基金より、奨学金の助成を受ける。
学術面では、論文「『ソナタ形式』からの解放」で第4回柴田南雄音楽評論賞(本賞)を受賞、翌年「演奏の復権:『分析』から音楽を取り戻す」で第5回同本賞を連続受賞。
東京藝術大学附属音楽高等学校、同大、同修士課程、同博士後期課程を修了、論文「演奏解釈の流行と盛衰、繰り返される『読み直し』:18世紀から現在に至るベートーヴェン受容の変遷を踏まえて」で博士号を取得。2020年より桐朋学園大学院大学専任講師に就任。
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