ショパン最後の室内楽曲チェロ・ソナタを中心に、
ロマンティックなヴィオラとピアノの調べを秋夜に聴く
チェロ・ソナタ ト短調 Op.65──
ショパンのロマンティシズムの本質に迫るような晩年の傑作としてクラシックファンを魅了してきた。
彼の晩年の作品には多かれ少なかれ不安と焦燥が感じられるが、この曲は内に秘めた悲しみを吐露するような特有のカンタービレが緻密に構築されており、思わずため息が出てしまうほどに美しい。生前に出版された最後の作品となっていることも興味深い。
ショパンの死の2、3年前(36~37歳)、ジョルジュ・サンドと別れ、健康面でも悪化の一途を辿っているなかで書かれたことから、苦悩に満ちた遺書のようにも感じられる。
しかし、このチェロソナタを足がかりに室内楽の世界へと足を進めていくつもりだったのだろうと思われる節も見られる。
それまでにはなかった“ピアノの詩人”という独自な認識を得つつあったショパンが、チェロやヴァイオリンとの室内楽曲に幅を広げていたとしたら、いったいどんな作品を残していたのだろう。
ショパンがもう少し長く生き永らえていたら…と、ついパラレルワールドの妄想をふくらませてしてしまう…実際、死の直前までヴァイオリンソナタなどのスケッチを残していたそうだ。
しかし、道半ばだったからこそ、ショパンが最後に遺した室内楽の傑作であるこのチェロソナタが輝き続けているのだろうか。
今回の演奏会では、チェロのパートをヴィオラで奏する点でも注目が集まる。
田原綾子氏のヴィオラは瑞々しさとエネルギーに満ちており、聴いていてなんとも心地よく、すべてをつつみこむような響きに、「いい音楽を聴いた…」という満足感が残る。
ステージ上での彼女の音楽に対する真摯さ、清々しさにも心を動かされる。
今演奏会では持ち前の推進力のみならず、歌心溢れる音楽性、繊細でニュアンスを秘めた美しい弱音、細部まで行き渡った歌心など、彼女のさらなる深化が感じられるのではないだろうか。
本チェロソナタではさすがにショパンらしく、ピアノパートが、ショパンの他のピアノソナタ作品のように難しいとされている。
巧さもバランス感覚も必要とされる作品だが、昨今、室内楽で独自な巧さ、魅力を発揮しつつある實川風とのデュオによって、絶妙に息のあった対話が繰り広げられることが期待される。
フォーレの「夢のあとに」やドビュッシーの「美しき夜」。ロマン派のヴァイオリニストであり作曲家ヴュータンの傑作、「ヴィオラ・ソナタ」変ロ長調 Op.36、
ロシアの作曲家キュイの「ヴァイオリンとピアノのための24の小品集『万華鏡』Op.50」より抜粋など、他プログラム構成も興味深く、聴き応えのあるものとなるだろう。
益々フィット感を増す「田原綾子&實川風 デュオ」が贈る秋の夕べに寄り添うような作品たちによるロマンティシズムを味わいたい。
(渋谷美竹サロン)
プロフィール
田原 綾子(TAHARA Ayako)Viola
第11回東京音楽コンクール、第9回ルーマニア国際音楽コンクール優勝。
国内外でソロリサイタルが定期的に行われており、ソリストとして読売日響、都響、東響、東京フィル等と共演。室内楽奏者としても国内外の著名なアーティストと多数共演している。現代音楽にも意欲的に取り組んでおり、新作委嘱も数多い。第23回ホテルオークラ音楽賞受賞。
これまでに藤原浜雄、故岡田伸夫、ブルーノ・パスキエ、ファイト・ヘルテンシュタインの各氏に師事。サントリー芸術財団よりPaolo Antonio Testoreを貸与されている。
實川 風(JITSUKAWA Kaoru)Piano
バッハ・ベートーヴェンを核としたプログラミングで各地での演奏活動を続けている。また、現代曲や邦人作曲家の新作初演にも積極的に取り組む。2015年、ロン・ティボー国際コンクール(フランス)にて第3位・新曲演奏賞・リサイタル賞を受賞。2016年、カラーリョ国際ピアノコンクール(イタリア)にて第1位・聴衆賞を受賞。東京藝術大学を首席で卒業し、同大学大学院(修士課程)修了。グラーツ国立芸術大学ポストグラデュエイト課程修了。
最新CD「Kaoru Jitsukawa plays BACH」をリリース。
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