時代を繋ぐ沈黙の背後に潜む凄み、超越した美、
毛利文香が現す無伴奏ヴァイオリン・ソナタ
巨匠ギドン・クレーメルや庄司紗矢香、諏訪内晶子など、これまで多くのヴァイオリニストを輩出した最も権威あるコンクールの一つとして知られるパガニーニ国際ヴァイオリンコンクールにて第2位受賞。さらにエリザベート王妃国際音楽コンクールにて第6位入賞、2019年にモントリオール国際音楽コンクールにて第3位入賞と、正真正銘の超実力派として注目を浴びる若手ヴァイオリニスト、毛利文香による待望の無伴奏ヴァイオリン・ソロコンサートである。
彼女の演奏を収録された音源で聴くと、抜群のテクニックと正統的で緻密な解釈、統制された心地よいテンポ、知的な解釈等々によって、実に洗練された、どこをとっても美しさを感じる。
そういった印象から、情熱よりも冷静さを、大胆さよりも繊細さを、情緒よりも知性を重視したどのような客観性にも堪えうる「正統派」のタイプなのではないかと勝手に思い抱いていたが、生演奏に触れてみると、そういった先入観は簡単に裏切られてしまう。
ともかく存在感、臨在感がすごいのである。一音目から引き込まれ、一瞬でその場の空気を変えてしまう。そのまま緊張感を途切れさせることなく、最後まで観る者、聴く者を捉えて離さない。こまやかな抒情、一音一音の解釈の深さ、抜群のバランス感覚から生まれる気品、なによりもすごいのが存在感、躍動感、生々しさといってもいい、そういうものだ。
個性的などという陳腐な表現はまったく当たらない。ヴァイオリンを通じて“本物”の臨在を感じさせる存在がいる──これが毛利文香だった。
“巧さ”が引き立つヴァイオリニストは多い。“沈黙”の魅力、美しさを示してくれるヴァイオリニストも多い。
しかし“巧さ”の背後に、“沈黙”の背後に、言葉には決して表現できない“凄み”まで示してくれるヴァイオリニストは滅多にいない。
今回のプログラムは、そうした毛利文香のヴァイオリンの特性を堪能するのにピッタリな選曲といえるのではないか。
バッハからイザイへ、そして細川俊夫、バルトークへと、時代を繋ぐ無伴奏のヴァイオリン作品のみで構成されているプログラムである。
バッハを聴いて作曲を決意したとされるイザイの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ。確かに、聴き進めるとその緻密さと情熱はバッハからの強い影響が見られる。
バルトークの無伴奏ヴァイオリン・ソナタは、発想記号の代わりに「シャコンヌのテンポで」という異例の指示が与えられていたり、今回のバッハの第1番と同じくト短調で書かれていたりと、随所にバッハへの敬意が感じられる。
さらに、細川氏は自身の作品について、興味深いことを話している。
「 “エクスタシス Extasis(脱自)”とは、自分の枠を超越すること。日常的存在秩序そのものの枠を超出しようという欲望であり、エゴから抜け出ることであり、また底のない沼のような存在の深み(カオス)への抑えることのできない衝動的な欲望でもある」
・・・・無伴奏ヴァイオリンの特性を突いた表現ではないだろうか。
ひたすらに自己の内面と対峙し、求道的に紡ぎ出される孤高の無伴奏ヴァイオリン作品群は、まさに究極的なクラシック音楽の作品群である。
こうした無伴奏ヴァイオリン作品群の本質を凝視する毛利文香の孤高の演奏を聴くことができる貴重な機会である。
(渋谷美竹サロン)
プロフィール
毛利 文香(MOHRI Fumika)Violin
2012年にソウル国際音楽コンクール優勝、2015年にパガニーニ国際コンクールにて第2位およびエリザベート王妃国際音楽コンクールにて第6位入賞、2019年にモントリオール国際音楽コンクールにて第3位入賞。これまでに川崎市アゼリア輝賞、横浜文化賞文化・芸術奨励賞、京都・青山音楽賞新人賞、ホテルオークラ音楽賞を受賞。
ソリストとして、国内のオーケストラ以外もベルギー国立管、クレメラータ・バルティカ、ヨーロッパ室内管などと共演を重ねるほか、サー・アンドラーシュ・シフ、アブデル・ラーマン・エル=バシャ、タベア・ツィンマーマン、堤剛、今井信子、伊藤恵などの著名なアーティストとの共演も数多い。また、宮崎国際音楽祭、武生国際音楽祭、ラ・フォル・ジュルネ等に出演。
ヴァイオリンを田尻かをり、水野佐知香、原田幸一郎に師事。桐朋学園大学音楽学部ソリストディプロマコース、及び洗足学園音楽大学アンサンブルアカデミー修了。慶應義塾大学文学部卒業。2015年よりドイツ・クロンベルクアカデミーを経て、現在はケルン音楽大学でミハエラ・マーティンに師事している。
録音は2023年6月ナクソスよりサン=ジョルジュの協奏曲4曲をインターナショナル発売。
トリオ・リズル(弦楽三重奏)、エール弦楽四重奏団、ラ・ルーチェ弦楽八重奏団のメンバーとしても活躍している。
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