第85回日本音楽コンクール最年少優勝を果たした戸澤采紀の“今”
構成美と幻想美が織りなす渾身のプログラム
2016年、第85回日本音楽コンクールのバイオリン部門で、当時15歳という若さで戸澤采紀氏が優勝したことで注目を集めた。
ヴァイオリニストの両親(父親は東京シティ・フィルのコンサートマスターを務める戸澤哲夫氏、母親もプロのヴァィオリニスト)のもとに生まれ、幼少期からオーケストラに触れる機会も多かったそうだ。
彼女の紡ぎ出す音色はまだあどけない少女とは到底思えないほどダイナミックでスケールの大きな音楽だったが、幼少期から触れていたオーケストラのイメージが彼女の中に明確にあったのだろう。それだけではなく、微細な音程感やテクニックも確かなもので、聴衆は驚きを隠せなかった。偶然にも渋谷美竹サロンがちょうど設立するタイミングでもあり、彼女の演奏を聴いたのは運命的な出会いだったのかもしれない。
時は経て、戸澤氏は今年7月、リューベック音楽大学を卒業したそうだ。さらなる研鑽を積む彼女はティボール・ヴァルガ国際コンクール最高位で実績を残し、江副記念リクルート財団スカラシップコンサートへのご出演、反田恭平プロデュースのJNOへの参加など、幅広く活躍をされている。
すっかり洗練された淑女へと成長を遂げ、何か音楽家として掴んだものがあるようだ。
今回、初登場となる本公演では、15歳で日本音楽コンクールに最年少で優勝して以来7年という、戸澤采紀の“今”を表現する渾身のプログラムが組まれている。演奏に寄せてメッセージをいただいたので紹介したい。
「“G”で始まり”C”で終わる今回のプログラムは、私にとって一つの夢でした。大学を卒業する節目の年、自分が勉強してきたこと、今勉強していること、自分の敬愛する師匠たちのルーツ、色んな偶然が必然となったプログラムです。
そして今回は、待ちに待った私の渋谷美竹サロン デビューでもあります。空気の繊細な動きさえ感じられるこの個人的な空間は、人と音を有機的に“ファンタジー”してくれると思います。みなさまとともに、このマスターピースたちを旅できること、心より嬉しく思います」
(戸澤 采紀)
ドビュッシー:ヴァイオリン・ソナタ ト短調
ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第1番 ト長調 Op.78《雨の歌》
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シェーンベルク:幻想曲 Op.47
シューベルト:幻想曲 ハ長調 Op.159, D 934
プログラムすべてがメイン級なことにも驚かされるが、戸澤氏がこれまでの研鑽の結晶として向き合ってきた大切な作品たちを、独自の審美眼によって選択されており、プログラミングの構成美が伝わってくるだろう。
“G”(ト短調)で始まり”C”(ハ長調)で終わるというのも、ドミナントからトニックへの音楽において原則となる流れを意識した、何とも美しい流れである。
ト短調は暗い響きでありながら、どこか地に足のついたダイナミックな響きが魅力的な調で、ハ長調は基本となる調でありながら、最後のフィナーレなどにも相応しい、どこか開放的な調として知られている。さらには調性のみならず、作曲家にとって最も自由な形式で書かれたシェーンベルクとシューベルトの"幻想曲"をセレクトし、統一感を生み出している。
ヴァイオリンは特に早熟の天才が多いと言われているが、花開いてからその天才たちが本当の意味でどんな音楽家になっていくか…人間的な成熟、音楽家としての円熟、そうした真価が問われてくるものである。これまでの彼女の集大成ともいえるプログラムでありながら、これから羽ばたいていく意気込みも感じられる…まさに戸澤采紀の音楽家としての“今”を体験することになるだろう。
(渋谷美竹サロン)
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プロフィール
戸澤 采紀(TOZAWA Saki)Violin
第85回日本音楽コンクール最年少優勝、ティボール・ヴァルガ国際ヴァイオリンコンクール第2位(最高位)。これまでにヴァイオリンを玉井菜採、ジェラール・プーレ、保井頌子、ドンスク・カン、堀正文の各氏に、室内楽を原田幸一郎氏に師事。クフモ室内音楽祭オレグ・カガンメモリアルファンドスカラシップ受賞。江副記念リクルート財団第48回奨学生。2019年度東京藝術大学宗次德二特待奨学生。2021年度青山音楽財団奨学生。これまでにローザンヌ室内管弦楽団、読売日本交響楽団、東京都交響楽団、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団、東京フィルハーモニー交響楽団、群馬交響楽団など国内外のオーケストラと共演。使用楽器は、文京楽器の協力によりBeare’s International Violin Societyから貸与されているMatteo Goffriller。東京藝術大学首席入学後、2021年秋に渡独。現在リューベック音楽大学でソロをダニエル・ゼペック氏に、室内楽をハイメ・ミュラー氏に師事。
森田 悠介(MORITA Yusuke)Piano
第58回ポセール音楽賞コンクール第2位、メンデルスゾーン・ドイツ音楽大学コンクール、カンピリオス国際コンクールにてディプロマ。
埼玉県立大宮光陵高等学校音楽科を経て京都市立芸術大学音楽学部卒業後、2018年に渡欧。ウィーンとザルツブルクにてイェルク・デームスの元で学ぶ。同氏の推薦を受け、マルタ・アルゲリッチの弟子でもあるコンラート・エルザー教授のもと、ドイツ国立リューベック音楽大学ソロピアノ科修士課程を満場一致賞賛付きの最高点で修了。
これまでにピアノを中井恒仁、安田正昭、武田美和子、砂原悟、コンラート・エルザー、オペラ伴奏法をロバート・ロッチ、歌曲伴奏をフローリアン・ウーリッヒ、チェンバロと通奏低音をピーター・ヤン・ベルダーの各氏に師事。またアンジェイ・ヤシンスキ、クラウス・ベスラー、ライナー・キュッヒル、ゲルハルト・シュルツより音楽的示唆を受ける。
現在ハンブルクに在住。ピアニストとしてのみならず、教育者としてもドイツ国内で青少年のための最大のコンクール"Jugend Musiziert"ハンブルク地区の審査員をつとめるなど活動は多岐にわたる。
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