豪華絢爛!癒しと安らぎ、至宝の名曲の花束!
鍵盤の魔術師=佐藤彦大の音のパレットで彩る
昨年の8月に続き、出演させていただきます。名曲は有名である反面、クラシック通の方々からすると作品の内容が薄く、安い音楽であると感じられる場合が多いです。ですが、そのような作品をいかに高められるかどうかを研究することは、私にとって楽しい作業であり、腕の見せ所なのかなと思います。最後までお楽しみいただけましたら幸甚です。
さて、最初に演奏するのはフィンランドの作曲家シベリウス(1865-1957)の「もみの木」。「木の組曲」という愛称で親しまれている「5つの組曲Op.75」の第5曲になります。日本の今は酷暑ですので、少しでも涼しさを味わっていただきたく選曲しました。フィンランドの8月の平均気温は15℃程度だそうです。次に演奏するバルトーク(1881-1945)はハンガリーの作曲家ですが、一方で数多くの民族音楽を収集したことでも知られています。その分野でも重要な人物でした。ルーマニアのトランシルヴァニアの民謡をまとめた「6つのルーマニア民族舞曲」は棒踊り・帯踊り・足踏みの踊り・角笛の踊り・ルーマニア風ポルカ・速い踊りで構成されています。グラナドス(1867-1916)はスペインの作曲家で、お国柄が明確に作品へ反映されています。「アンダルーサ」は「12のスペイン舞曲Op.37」の第5曲。ギター、フラメンコの要素を感じられることと思います。因みに、ここまでの3作曲家は国民楽派に属するという共通点があります。
今度は、ドイツ・オーストリアの音楽を3曲お楽しみいただきましょう。ベートーヴェン(1770-1827)の「エリーゼのためにWoO.59」は説明するまでもなく、最も有名なクラシック音楽の一つです。ロンド形式で、魅力的な2つのエピソードが挟まれています。バロック音楽の大家J.S.バッハ(1685-1750)のカンタータ「楽しき狩こそ我が悦び」BWV208の第9曲「羊は安らかに草を食み」は、2本のリコーダーによる旋律が印象的。ドイツのピアニスト、ペトリ(1881-1962)による編曲でお届けいたします。そして編曲もの続きで、オーストリア出身のモーツァルト(1756-1791)の「アヴェ・ヴェルム・コルプス」を演奏します。合唱、弦楽器とオルガンのための聖体讃美歌で、原曲はニ長調ですが、リスト(1811-1886)は6度高くしたロ長調で編曲し、神秘さが増しています。高音の響きはそのままラヴェル(1875-1937)の「水の戯れ」へと移行します。フランス出身のラヴェルは、緻密ながら色彩豊かな作品を多く残しました。本作品では水のうねりや水しぶき、水面から反射する光が鮮やかに描写されています。
ピアノの詩人と称されるショパン(1810-1849)はポーランドを代表する作曲家で、語る旋律と流れるような和声の変化が特徴です。しかしながら対位法にも精通しており、芸術として価値の高い作品を沢山遺しています。「雨垂れ」は「24の前奏曲Op.28」の第15番で、A♭またはG♯のゆったりとした連打が、建物や植物からぽたぽた落ちる雨粒を表現しています。前半最後の作曲家となるリストはショパンと1歳違いで、親交もありました。「ハンガリー狂詩曲」は、ハンガリーの民謡(と本人は信じていた)を使用し、ゆったりとした歌のラッサンと、速い踊りのフリスカで構成された、チャールダーシュの前身となる形式の作品です。「第12番嬰ハ短調」もラッサンとフリスカによる対比が鮮やかで、華やかな技巧も随所に見られるエンターテインメントです。
後半はムソルグスキー(1839-1881)の組曲「展覧会の絵」です。画家の友人ハルトマンの死後に開催された展覧会に着想を得て作曲されました。10枚の絵画が6曲のプロムナード(散歩)に挟まれて演奏されます。10枚の絵は全く性格が異なりますが、ロシアらしい雄大さや響きが共通しています。ムソルグスキーも国民楽派に属する作曲家で、ナショナリズムがクラシック音楽に様々な表現や色を与えたことについて、素晴らしさを実感せざるを得ません。
(佐藤 彦大)
佐藤彦大といえば、魔術のような音色の多彩さがまず思い浮かぶ。
これまで、自家薬籠のものとしているシューベルトからシューマン、ベートーヴェン、バッハのゴルトベルク変奏曲に至るまで、数々の"彦大マジック"を目の当たりにしてきた。
佐藤氏はリハーサルに時間をかけ、ピアノ一台一台の特性を見抜き、ピアノ一台一台と仲良くなってしまう。
さらに、会場それぞれが持つ固有な響きと、据えられているピアノの本来のポテンシャルを掛け算し、それを最大限に引き出せるように緻密な計算もしているようだ。
近年、コンクール・ラッシュということもあり、ピアニストたちはテクニックだけでなく全般的に高度な水準に達しているようだ。
超絶技巧で聴衆を圧巻するピアニスト、美しいフレージングで歌心が豊かなピアニスト、思いきり響かせて聴衆を魅了するピアニスト、その特長はさまざまだ。
そんななか、音色を多彩に操ることができるピアニストは案外少ないような印象だ。
いたとしても、最高峰の限られた一握りのピアニストのみである。
3色のみをうまく使い、他の要素でカバーする人。7色の音色をグラデーションのように試みる人…さまざまである。
では、佐藤彦大の場合はどうだろう?
何色の音のパレットを備えているのかは計り知れない、とにかく多彩なのだ。手の運びを見ると、タッチの種類が実に豊富なことがわかる。
名曲と謳う類の公演はたびたび目にするが、正直なところ、集客以外の目的を持って取り組んでいる公演は案外少ない。
しかし、名曲には名曲たる理由があるはずだ。普遍的な魅力を放っているのは、分かりやすいという側面のみではないはずだ。
これまでの美竹サロンは、どちらかといえば、演奏家自身が本気で取り組んでみたい、芸術として掘り下げてみたい稀少な曲やニッチな作品を扱うことが少なくなかった。
しかし今回はそうしたアプローチとは異なり、正々堂々と名曲中の名曲に真っ正面から取り組んでみようという挑戦的な試みである。
誰もが知っている名曲ばかりを並べるということ、しかもクラシック初心者を対象とした娯楽的な要素など皆無の耳の肥えた本格的な聴衆の前でそれを試みるということは、実はピアニストにとっては大変な緊張を強いられるものであろう。余程の自信がなければ臨むことはできないだろう。
こうした期待からか、前回の名曲特集では立ち見が発生しそうになるほどの過去最多の来場者数となり、定員をはるかにオーバーした演奏会となってしまった。夏休みということも相まって、まさに熱狂的な音楽の時間となった。
さらに、一括りに名曲といっても、バッハをはじめ、技術と表現力を必要とするムソルグスキー「展覧会の絵」やリスト「ハンガリー狂詩曲第12番」、ラヴェル「水の戯れ」など、実にさまざまな作品と時代を巡るプログラムである。
こうしたプログラムであるからこそ、ピアノの魔術師=佐藤彦大の独壇場となるのではないか。
軽く聞き流すことの多いこうした名曲の中に、未知の新たな発見があるのではないか。
クラシック音楽への憧れをつくってくれたこうした作品たちに、先入観なくオープンマインドで向かい合うことができる貴重な機会になるだろう。
しかも、佐藤彦大の見事な音のパレットからどのように紡ぎ出されるのかを直に体験できる稀少なチャンスとなるだろう。
(渋谷美竹サロン)
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