ステンドグラスの彼方
遥かなる星々、悠久の山々、中くらいの人間、儚き虫たち、極端に消えゆく分子-メシアンはよく、それぞれの存在のもつ時間について語ったそうです。大きな歴史のなかで、人間が地上にいられる時間は“中くらい”より短いような気もします。でも音楽のうちにある限り、このような時間の枠組みから自由でいられる。そこに安らぎや慰めを見出してきた人も少なからずいるのではないでしょうか。ゆっくりとなにか人間らしい温度を思い出して、さまざまな息吹を感じることを、もっともっと慈しんでゆきたい-そう思ったとき、メシアンが30代半ばに世に問うた『幼子イエスに注ぐ20のまなざし』にじっくりと向き合うときが来たように感じました。もちろん自然の深淵に入り込んでゆく『鳥のカタログ』の詩情もまた至福でしかないのですが、なぜだか『まなざし』のすべてに流れる熱量に触れなくてはいけないような、その生命力に突き動かされているような-不思議な感覚にとらわれています。快く想いを受けとめてくださった美竹サロンの皆さまに、心より感謝しています。
メシアンは自身の音楽的色彩をサント・シャペルのステンドグラスとも記しています。和音は重なり合うほどに色彩を増し、音数も多くなるほどに光り輝く。けたたましい不協和音ののちに美しく穏やかな調性が顔をのぞかせるとき、そこには愛が満ちている。「人々はなにか、愛というものに恥じらいをもちすぎている」-メシアンの言葉で気に入っているもののひとつです。政治的にも激動の時代、音楽においても“現代音楽批判”が巻き起こっていたころにメシアンの音楽が人間的であり続けたのは、深い慈しみをもった存在の光を信じていたからだと思います。
鼓動、 吐息もあれば大地や鳥たちの自然音もあり、「炎をまとった神」や「さかさまの雷」のようなパンチの効いた熱もあれば、柔らかな影も、光いっぱいの庭もある。独特な言い回しと音色の表現は感性の宝庫といった趣で、 心に潤いがやってきます。さらに感動してしまうのは、音楽史上の共通語であるフーガをも自在に取り入れてしまっていること-メシアン・マジックの仕掛けのひとつでもあります。全体を通したとき、そのステンドグラスの彼方にはなにが見えるのだろう。虹だろうか。広い空だろうか。光に満ちた、のびやかな風だろうか。もしそうなら、その清々しい匂いにも包まれるのだろうか。そんなことを考えては、とてもワクワクしています。ぜひゆったりと、音による長編詩に浸りにきてください。空間が色を帯びた温度に、そしてメシアンの言うところの「愛」に近づけることを願い、心を尽くして演奏したいです。
(深貝 理紗子)
プロフィール
深貝 理紗子(FUKAGAI Risako)Piano
東京音楽コンクール第2位、ショパン国際ピアノコンクールin ASIAコンチェルトC部門アジア大会ブロンズ賞、フランスピアノコンクール第1位、C.カーン国際音楽コンクール第3位、J.フランセ国際音楽コンクール入選など国内外で受賞。
2015年渡仏。パリ・エコール・ノルマル音楽院の最高高等演奏課程に授業料全額免除奨学生として在籍し卒業。パリ・スコラ・カントルム音楽院ヴィルトゥオーゾ課程及びコンサーティスト課程を審査員満場一致の最高評価を得て首席で修了。
これまでに下野竜也氏、川瀬賢太郎氏などの指揮のもと東京交響楽団などと共演。東京文化会館主催公演や岩崎ミュージアム・山手ゲーテ座主催公演をはじめとして多数のコンサートに出演。皇居での御前演奏や、フランス「世界文化遺産の日」を記念する文化財でのデモ演奏、パリ市内「若手指揮者育成のためのワークショップ」公式ソリストなども務めた。
これまでにピアノを横山幸雄、オリヴィエ・ギャルドンの各氏に、室内楽をシャンタル・ド・ビュッシー、原田禎夫、今井信子、松本健司の各氏に師事。
現在演奏活動の傍ら、コンクールの審査員や主宰音楽教室、インターナショナル音楽教室にて後進の育成とクラシック音楽の普及に尽力している。
オフィシャルホームページ:
https://risakofukagai-official.jimdofree.com/
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