生命は煌めく、燃え尽きるまで──
「人生をいかに終えるか」
人間であれば誰しもが避けることのできない永遠のテーマだ。
当然、巨匠と呼ばれるような作曲家たちにも終わりがあったのだが、偉大な作品たちを目の前にして、時に神格化してしまい、そういった人間ならではの葛藤があったことを忘れてしまうことがある。
しかし、ベートーヴェンの『弦楽四重奏曲第14番』や、ブルックナー『交響曲第9番』といった、未完の傑作などを目の前にすると、偉大な作曲家たちにも終わりがあったことを実感する。
そして、死を目の前にした瞬間、彼らは何を思い、何を楽譜に書き遺したのだろうか?
生命は尽きても、魂は楽譜に宿り、次の時代へと引き継がれる。クラシック音楽という芸術が、そのことを証明している。
熱狂を生む吉田友昭氏のピアノ────
何か悩みがあれば吹き飛ばしてくれるような、何か迷いがあれば背中を押してくれるような、吉田氏のピアノは、まさに「芸術は生命の爆発」という言葉通り、聴く者の心に深く響く。
作曲家たちの晩年の作品が持つ力強さを、彼はどのように表現してくれるのか。
特に、シューベルトが燃え尽きる最期が近いことを自覚していたにも関わらず、新しい交響曲(未完)を手掛けたように、作曲家たちが最期まで芸術を通して表現しようとした輝きは、命そのものといえるだろう。晩年のショパンやシューマン、ベートーヴェンも、病による苦しみや絶望感は感じられるものの、内面の探究の先に見える光は非常に美しく、神々しさすら感じられるのだ。
吉田氏の演奏は、きっと私たちに、音楽に内包する力、気高さ、 生命の尊さを改めて教えてくれるだろう。(渋谷美竹サロン)
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ショパン:3つのマズルカ Op.59
これまでの華やかなマズルカとは異なり、内省的で瞑想的な雰囲気が特徴的なOp.59。肺結核の病状の悪化によって死を意識し始めたショパンは、故郷ポーランドへの郷愁や、人生の儚さを、この音楽に託したと考えられる。
暗く重苦しい雰囲気で始まる第1番 変ホ短調から、第3番 変ホ長調では壮大なスケールで展開し、死を意識しながらも、未来への希望が感じられるような、力強さすら感じられる。
ショパン:舟唄 嬰ヘ長調 Op.60
1846年頃(死の2年ほど前)、ショパンがパリで過ごしていた晩年の作品である。
美しい旋律の中に、作曲者の複雑な心の動きが反映されているようだ。
ショパンは肺結核による苦しみや絶望感や、生涯を通じてジョルジュ・サンドとの恋愛関係に悩まされていたことなど、その複雑な感情が反映されている。
ヴェネツィアのゴンドラという具体的なイメージだけでなく、ショパン自身の心の風景や死を意識した感情なども読み解くことができる。
ショパン:ポロネーズ第7番 「幻想」 変イ長調 Op.61
この曲の作曲中にジョルジュ・サンドとの恋愛関係に破局を迎え、内面の葛藤と複雑な感情が表現されている。
さらに、従来のポロネーズの形式にとらわれない自由な形式を採り、ショパンは、ロマン派音楽の新しい可能性を追求している。
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第32番 ハ短調 Op.111
第1楽章の激しい対位法と、第2楽章の静謐な変奏曲という、対照的な二つの楽章から構成されている。
ベートーヴェンが生涯をかけて追求してきた音楽表現の集大成と言える作品だろう。
深刻な聴覚障害を抱えながらも、音楽への情熱を失わず、むしろ深化させていったベートーヴェンの精神性が凝縮され、聴く者に深い思索を促すような、哲学的な側面も持ち合わせている。
形式的にも、従来のソナタ形式を大きく変革し、形式の革新を実現した新しい音楽表現の可能性を切り開いているようだ。
シューベルト:3つのピアノ曲 D.946
シューベルトが亡くなるわずか半年前に書かれ、まさにシューベルトの「遺言」ともいえる作品だ。
死を意識したのか、この作品には生と死、喜びと悲しみなど、人間の根源的な感情が深遠に表現されているようだ。タイトルは「ピアノ曲」となっているが、その内容は即興的な要素が強く、シューベルトの心の内面がそのまま音楽になったような印象を受ける。
死期が近いことを自覚していたにも関わらず、新しい交響曲(未完)などを手掛け、シューベルトの創作意欲は衰えるどころか、むしろ高まっていたという。
この作品は、シューベルトが急逝したため、一部が未完のまま残されていた。特に第3曲については、ブラームスが編集の際に補筆を行った部分があると言われている。
この作品は、シューベルトの死後長らく忘れられていたが、後にブラームスがその価値を見出し、匿名で編集したうえで「3つのピアノ曲」という題名をつけ、作曲者の死後40年が経過した1868年に出版した。
ブラームスはシューベルトの音楽を深く敬愛しており、彼の作品を後世に伝えるために尽力したそうだ。
シューマン:3つの幻想小曲集 Op.111
この作品は、シューマンがデュッセルドルフ音楽監督としての責任と、自身の創作活動との両立に苦悩していた時期に作曲された。
この作品は、精神的な病に悩まされていたシューマンの心の奥底に潜む不安や葛藤、そして美的な理想が、音楽に昇華されていると言える。
シュ―マンは、生涯を通じてピアノ音楽を愛し、多くのピアノ作品を残した。この作品は、彼のピアノ音楽における集大成と言えるだろう。
シューマン:「精霊の主題による変奏曲」 変ホ長調
シューマンの晩年、精神的な危機に陥り、その苦悩と天才性が結実した作品。
シューマンは、この作品を作曲する数ヶ月前から、激しい幻聴や幻覚に悩まされていた。
そして、ある夜、天使から与えられたと主張する変ホ長調の旋律を紙に書き留め、この旋律を基に、わずか数日でこの作品を書き上げた。(途中、ライン川へ投身自殺を図る。)。
この作品は、シューマンの最後のピアノ曲として知られており、彼の音楽における重要な位置付けを示している。