音楽とは何か。
おそらく、それは単なる技術や名声といったものではない。
ましてや、技巧の誇示や、目に見える華々しさでもない。
そうしたものを超えて、演奏の一音一音の中に、
どれほどの思索と情熱が込められているか──そこにこそ、
音楽の本質が宿るのではないか。
鈴木舞のヴァイオリンと福原彰美のピアノには、それがある。
今まさに本格的な活動を開始しようとしている「レ・ゼール(翼)
」。
このデュオの音楽を言葉で説明するのは難しい。
しかし、その響きはどこまでも自由であり、
どこまでも広がってゆく。
まるで“音楽の翼”が、聴く者を未知の空へと運ぶかのようだ。福原彰美は美竹サロンに初登場となる。
14歳でデビューCDを発表し、15歳で単身渡米。
サンフランシスコ音楽院、ジュリアード音楽院で研鑽を積み、
すでに20年近いキャリアを持つ。
だが、彼女の道は、いわゆる「コンクール入賞」
という形での成功ではなく、
実演を通じてその実力を証明してきた稀有なピアニストである。
クリスティーヌ・ワレフスカ、ナサニエル・ローゼン、ピエール・
アモイヤル── 錚々たる演奏家たちが彼女のピアノを信頼し、
共に音楽を作り上げてきた。
音楽において、巨匠が共演者として指名することほど、
確かな評価はない。
そして、そのアモイヤルの愛弟子が鈴木舞である。
現場で磨かれた者にしか持ちえない確信──それが、
福原のピアノにはある。
派手な超絶技巧よりも、音楽の本質を。
華やかさよりも、深みを。
彼女の演奏は、まさにその価値を体現している。今回のプログラムは、激情と抒情、重厚さと軽やかさが交錯し、
CDに収録されたフランス音楽の多面性を存分に堪能できる、
洗練された内容となっている。
フランクの《ヴァイオリン・ソナタ》は、
深い情熱と対位法的な構成が融合したロマン派の傑作。
循環形式によるドラマティックな展開が、
演奏者と聴衆を圧倒する。
私たちは鈴木舞のヴァイオリンによって、この作品に“開眼”
したと言っても過言ではない。
ヴァイオリニストなら誰もが演奏し、
聴衆にとっても馴染みのある名曲だが、
ここまでの説得力と情感に満ちた演奏には、なかなか出会えない。
彼女のフランス音楽に対する鋭敏な美意識とセンスが、
この楽曲の持つ深さを際立たせる。
まさに、彼女の十八番と言ってよいだろう。
続くルクーはフランクの弟子であり、この《ソナタ》は、
フランクの影響を受けつつも、より儚く、
透明感あふれる旋律が特徴。抒情性と陰影に満ちた音楽が、
心に静かに響く。
師弟関係を軸に、
フランス音楽の継承と変遷を感じさせる流れが自然に生まれる。
重厚な2曲の後、シャミナードの《カプリッチョ》と《
スペイン風セレナード》がプログラムを軽やかに彩る。
エレガントな技巧とフランスならではの遊び心が、
ソナタとは異なる光彩を放つ。
鈴木の研ぎ澄まされた感性と豊かな表現力、
福原の知的かつ情熱的なアプローチが融合すれば、それは、
ただの技巧のぶつかり合いではなく、
本当の意味で音楽が響き合い、語り合う瞬間になるだろう。
それはまるで、一つの物語を紡いでいくようであり、
その瞬間に立ち会うことができるのは、まさに幸運なことだ。
“音楽の翼”を持つこのデュオは、どこへ向かうのか──。
その旅路に、私たちも耳を傾け、"翼"を持つ音楽家たちの"風"
となれるよう、聴き手である私たちも共に感じ、見届けたい。(渋谷美竹サロン)