ベートーヴェン×邦人作家
深化する対話、響き合う“記憶、未来”
シリーズ第3回を迎えるM&Mデュオ(石上真由子×江崎萌子)のベートーヴェン全曲演奏シリーズ。
今回のプログラムは、エネスク、ラヴェル、三善晃、そしてベートーヴェン。
これまで「世俗と神秘」「狂喜と狂気」という濃密なコンセプトで展開されてきた本企画が、この第3回において、さらに深化を遂げる気配を漂わせている。
今回のテーマは「幼き日の印象」。
時代や国境を超えて、作曲家たちが、
それぞれに手探りで歩み始めた「創造のはじまり」
に焦点が当てられる構成となっている。
エネスク《幼き日の印象》。
この作品は、
夢と現実の境界をぼんやりとたゆたうような戸惑いが魅力だ。
情緒的な描写と繊細な音色を要するこの作品を、石上・
江崎両氏がどのように紡ぎ出すかに注目したい。
続くラヴェルの《ヴァイオリンとピアノのためのソナタ第1番(
遺作)》では、若き日のラヴェルが見せた詩的、
かつ実験的な感性が表出する。
洗練と瑞々しさを併せ持つこの作品に、
デュオの知的で透明感のある音楽性がどう寄り添うのか、
シリーズの中でもひときわ味わい深い一幕となるだろう。
そして、三善晃《ヴァイオリン・ソナタ》の存在が、
このプログラムをただの“時代横断”ではない、深い“
文脈のある対話”へと昇華させる。
三善は戦後日本のクラシック音楽の中心的な存在として、“
音と言葉”、“沈黙と響き”
の関係を徹底的に問い続けた作曲家である。
彼の作品からは、音楽が、
時代を超えた個人の記憶と密接に結びついていることを実感させら
れる。
そして今回取り上げるメインのベートーヴェン《
ピアノとヴァイオリンのためのソナタ第3番》は、Op.12の中でも特に高い完成度を誇る作品であり、
古典的形式の中で、遊び心と情熱があふれている。
石上氏が語るように、「
ベートーヴェンのソナタは他作品と並べてもその存在感が決して薄
れない」。
まさにその言葉どおり、今回も多様な作品群の中で、
確かな重力を放つ中心として輝くだろう。
記憶、対話、沈黙、革新──。
M&Mデュオが選び、奏でる4つの作品から浮かび上がるのは、“
時間”をめぐる壮大な音の旅路かもしれない。
第1回・第2回で高く評価された構成力と音楽性が、
第3回でどのような"風景"を描くのか。
このシリーズが単なるベートーヴェンの再訪ではなく、「現代におけるベートーヴェンの意義」
を探る意欲的な対話であることが、
さらに明らかになる公演となるだろう。
(渋谷美竹サロン)