作曲家たちは、何歳のときにこの作品を書いたのか?
「Youth to Wisdom ―年齢でたどる音楽の軌跡―」第1回に寄せて
「この美しい音楽は、作曲家がいつ、何歳のときに生み出したものなのだろうか」と思うことが、しばしばある。
ベートーヴェンやブラームスの後期作品を聴いていると、「ああ、人生を積み重ねてきた深さがあるなあ」と感じる。
モーツァルトには、若い時代にも晩年にも一貫した純真な美しさがあるが、それでもその人生の折々にあった出来事や感情が、どこかに滲んでいるように思われる。
いつだっただろう。
当時18歳ほどの、たいへん才能あるピアニストの演奏を聴いたとき、「若さがそのまま武器になっている。なんて大胆で、人を惹きつける演奏なのだろう」と、猛烈な衝撃を受けたことがあった。
だから、若いから未熟だとか、年を重ねているから素晴らしいとか、そう単純に言えるものではない。
それぞれの時期にしかない魅力があり、それを感じ取れることこそが素晴らしいのだと思う。
坪井夏美さんと大崎由貴さんによるデュオ・リサイタル「Youth to Wisdom ―年齢でたどる音楽の軌跡―」は、まさにそうした作曲家の人生を通じた音楽のドラマを、たいへん魅力的な視点から浮かび上がらせてくれる企画である。
第1回「若き才能のきらめき」に集められた作品は、いずれも作曲家たちの20代の仕事だという。
モーツァルト22歳、ウェーベルン27歳、シューベルト29歳、ラヴェル22歳、R.シュトラウス23歳。
20代、とひとくちに言っても、それは単に若いということではない。
感受性の鋭さがなお世界に向かって大きく開かれ、同時に自分だけの語法を獲得しようとする緊張が、最も純粋なかたちであらわれる時期でもある。
音楽には、その年齢にしかない切実さのようなものがある。
しかも興味深いのは、若さといっても単なる未成熟では決してないことである。
モーツァルトにはすでに人を惹きつけてやまない自然な気品があり、シューベルトには抒情の翳りがある。
ラヴェルには洗練の芽が見え、R.シュトラウスには才気のほとばしりがある。
そしてウェーベルンには、後年へとつながる凝縮された美意識がすでに宿っている。
若さとは、未完であると同時に、未来のすべてを予感させる時期でもあるのだ。
こうした作品群を、作品への深い理解としなやかな感性をもつ二人が、どのように描き分けるのか。
この“Duo Lapis(デュオ・ラピス)”と名付けられた坪井夏美さんと大崎由貴さんのデュオには、ラピスラズリ(アフガニスタン産の紫みを帯びた深い青、瑠璃色と称される貴石)のように静かでありながら、内側から確かな輝きを放つ個性がある。
その音楽は、常に“真実”を追求しようとする姿勢に裏打ちされている。
前シリーズ「ベートーヴェン&シューベルト ヴァイオリンとピアノのためのデュオ作品全曲演奏会(全5回)」でも、作品の精神に真摯に向き合おうとする、ひたむきで誠実な意志が鮮やかに感じられた。
坪井夏美氏は、2023年3月までベルリン・フィルハーモニー管弦楽団カラヤン・アカデミーに在籍し、同団公演に100回以上出演。
東京フィルハーモニー交響楽団第1ヴァイオリン・フォアシュピーラーを経て、現在は同団アシスタント・コンサートマスターを務める、いま最も注目されるヴァイオリニストのひとりである。
室内楽からオペラまで幅広いレパートリーをもち、その演奏には知性と広い視野、そして抜群のバランス感覚が宿る。
音色は明確な輪郭をもち、曖昧さを排した芯の強さと、磨かれたセンスが光る。
“オーケストラの耳”をもつ彼女ならではの、はっとさせられる解釈もまた大きな魅力である。
ピアニストの大崎由貴氏は、第18回東京音楽コンクールピアノ部門第2位(最高位)、第4回マンハッタン国際音楽コンクール特別金賞受賞など、輝かしい実績をもつ。
東響、東京フィル、新日フィルなど国内主要オーケストラとの共演も数多く、ソリストとしても高く評価されている。
彼女のピアノは、大自然の中から湧き上がるような和音の豊かさと、包み込むような音色が印象的だ。
波が寄せては返すようなレンジの広さと、躍動感あふれるダイナミズムは、まさにオーケストラ的な響きを感じさせる。
藝大での同期という関係性、そして留学先での再会が、ふたりの本格的なデュオ活動の原点となった。
同じビジョンを共有しながら音楽に生命を吹き込むふたりの音は、心地よく、洗練されたセンスをもちながらも、鋭さと熱い対話に満ちている。
互いの個性がときに鮮やかに交差し、深く響き合う様子もまた、このデュオの大きな魅力だ。
音楽を愛する方にはもちろん、クラシックに新鮮な入口を求める方にも、このシリーズの始まりをぜひご一緒いただきたい。
若き日に生まれた作品たちの輝きが、彼女たちの演奏によって、いま鮮やかによみがえるはずである。(渋谷美竹サロン)