幻想、情熱、葛藤────
円熟味を増す尾崎未空のピアノが呼び覚ます、
若きシューマンの魂。
ロベルト・シューマンほど、自らの心の内を率直に、そして複雑に音楽へと映し出した作曲家も珍しいのではないだろうか。
あるときは激しい情熱に身を焦がし、あるときは夢見るような優しさに包まれる。
歓喜と憂愁、大胆さと繊細さ、憧れと焦燥。
相反する感情が目まぐるしく交錯し、ひとつの音楽の中に、いくつもの異なる表情が現れる。
そこには、整然とした古典的な美しさとはまた違う、人間の心そのものが持つ、抗いがたい魅力がある。
シューマン自身、その内面に息づく対照的な性格を、情熱的な「フロレスタン」と夢想的な「オイゼビウス」という二つの人物に託していた。
今回取り上げられる3つのピアノ・ソナタは、いずれもシューマンの若き日の創造力が凝縮された作品である。
フロレスタンとオイゼビウスの名でクララに捧げられた、幻想と詩情に満ちた第1番。
幾度もの推敲を重ね、激しい情熱と繊細な抒情が共存する第2番。
そして、クララの旋律による変奏曲を内に抱き、愛と葛藤が交錯する「グランド・ソナタ」第3番。
古典的なソナタという形式を拠り所としながらも、そこから溢れ出そうとする自由な精神。
ときに音楽は思いがけない方向へ走り出し、ときに何気ない旋律の中に、胸を締めつけるような美しさが宿る。
それは、ひとりの青年の心の軌跡が、そのまま音になったかのようである。
この3作品を一夜で聴くことは、単に3つの大曲を続けて味わうことではない。
シューマンという類い稀な芸術家の内面へ、少しずつ深く分け入っていく体験となるだろう。
そして、この濃密な音楽の旅へと私たちを導くのが、ピアニスト尾崎未空である。
近年、ますます表現の深みを増し、音楽家として充実した歩みを続ける尾崎氏。
そのピアノが、若きシューマンの魂をどのように呼び覚ますのか──
そこに、今回の演奏会の大きな聴きどころがある。
以前、尾崎未空が語ってくれた、リヒテルとの共演でも知られる巨匠エリザベス・レオンスカヤとのエピソードが忘れられない。
舞台上のレオンスカヤは、ひときわ大きく見えたという。
あの途方もないエネルギーは、一体どこから生まれるのだろうか。
演奏後、彼女がそう尋ねると、レオンスカヤはまっすぐに目を見つめ、ただ一言、「音楽」と答えたそうだ。
円熟とは、情熱が穏やかになることではない。
むしろ、外へと燃え上がる情熱が、内側から深く湧き上がる力へと姿を変え、音楽に秘められた繊細な感情や、言葉にならない心の揺らぎにまで、耳を澄ませられるようになることではないだろうか。
若きシューマンが、溢れんばかりの情熱を注いで生み出した音楽。
それが時を経て、成熟を深めた演奏家の手によって、いま新たな生命を与えられる。尾崎未空のピアノを通して、シューマンの幻想はどこまで広がり、その情熱はどのような響きを獲得するのだろうか。
3つのソナタに身を委ね、若きシューマンの魂が描いた深遠な音楽世界に、心ゆくまで浸りたい。(渋谷美竹サロン)