青山音楽賞受賞で注目が集まる入川舜のバッハ──
求道的なバッハの神髄に触れる
バッハの「シャコンヌ」については、私は小さい頃、怖い曲というイメージがあった。そもそも、この曲の収められている、無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータという音楽が、なんとなく襟を正して聴かねばならないもののように感じていて、自分の中で気軽な音楽として捉えられなかったのだ。
バッハの中で、弦楽器は疑いなくヴィルトゥオーゾ的な志向があるように思われる。鍵盤楽器とは違い、ヴァイオリンやチェロは、バッハの時代にすでに完成された楽器であったので、作曲家はその性能を、現代と変わらないレベルで表現することができた。
それにしても、これほどまでに求道的な性格をヴァイオリンに持たせたことは、バッハ以前も以後もないような気がする。弦楽器に関しては門外漢の私でも、このソナタとパルティータがヴァイオリニストの永遠の課題であることは、ひと目でわかる。
さて、バッハを深く尊敬していたブラームスは、いくつかバッハの作品も編曲しているが、ピアノのために「シャコンヌ」を左手用に編曲している。シャコンヌのピアノ編曲というとブゾーニのものが有名だが、ブゾーニ編は現代ピアノの性能を極限まで(もちろん両手で)用いた華麗なもので、原曲と比べると、如何にも「やりすぎ」感が否めない。対してブラームス編は、とてもシンプルな編曲である。ピアノにとっては制限のある片手だけで、このヴァイオリンの最高峰に静かに対峙する、というのは、私にとっては、改めて「シャコンヌ」に向き合うことにつながっている。
一方のブゾーニだが、その音楽の源流は間違いなくリストにつながっている。リストもまた、バッハのオルガン曲を数多く編曲し、バッハへの敬愛の念を露わにした作品を書いた。ブラームスとは全く別の角度からのアプローチかもしれないが、それ以後、際限なく広がっていく鍵盤音楽の可能性を確立した人物として、ピアニストにとっては絶対に無視できない存在である。
「ヴァイオリン」、「ピアノ」、「ヴィルトゥオーゾ」…。今回はこれらのキーワードをもとに、バッハを辿ってみよう。
(入川 舜)
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プロフィール
入川 舜(IRIKAWA Shun)Piano
静岡市出身。東京芸術大学音楽学部ピアノ科卒業、同大学院研究科修了。文化庁海外派遣研修員として、パリ市立地方音楽院とパリ国立高等音楽院修士課程でピアノ伴奏を学ぶ。
高瀬健一郎、寺嶋陸也、辛島輝治、迫昭嘉、A・ジャコブ、J−F・ヌーブルジェの各氏に師事。
「静岡の名手たち」オーディションに合格。神戸新聞松方ホール音楽賞、青山バロックザール賞を受賞。
日本人作曲家の作品を蘇らせたCD「日本のピアノ・ソナタ選」(MTWD 99045)、また「ゴルトベルク変奏曲」(MTKS-18341)のソロ録音CDがある。
2011年デビューリサイタルを開催。以後も、ドビュッシーのエチュード全曲など、意欲的なプログラムでリサイタルを行う。
2021年には東京文化会館にてジェフスキの「不屈の民変奏曲」他によるリサイタル(日本演奏連盟による主催)を開催。
2022年のバッハの「ゴルトベルク変奏曲」演奏会が、第32回青山音楽賞を受賞した。
現在、 幅広いジャンルで活動中。オペラシアターこんにゃく座のピアニストを2018年より務める。東京、渋谷の美竹サロンにて、「バッハを辿る」コンサートシリーズを継続中。
東京藝術大学非常勤講師。日本演奏連盟会員。
公式ホームページ:
https://shunirikawa.work/
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