一つの「うた」の主題から、大きな宇宙が生まれる。すべての人に 心の慰めを ──
変奏曲の最高峰、ゴルトベルク変奏曲
私の今までを思い返してみると、「変奏曲」というジャンルの作品は少数しか勉強したことがないことに気が付きました。モーツァルトの「デュポールのメヌエットによる9つの変奏曲」、ベートーヴェンの「自作主題による32の変奏曲」「熱情ソナタ」の第2楽章、ラフマニノフの「コレルリの主題による変奏曲」「パガニーニの主題による狂詩曲」……このくらいしか思いつきません。指導するようになって学生と一緒に勉強したものは、メンデルスゾーンの「厳格な変奏曲」、リストの「パガニーニによる大練習曲」の第6番、ブラームスの「ヘンデルの主題による変奏曲」くらいです。変奏曲は非常に難しいジャンルで、何が難しいかというと、作品全体を見通した時の一体感をどれだけ出せるか、という点です。1変奏毎のキャラクターの表現と、それを横に繋げた時にどれだけ自然な音楽に聴かせられるか、というところが聴きどころであると思います。
「ゴルトベルク変奏曲」は30の変奏をアリア(主題)でサンドイッチした面白い形式で、変奏はアリアの32小節の低音に基づいています。3の倍数の変奏にはカノンが置かれ、その都度2声の音程は1度から2度、3度…と順に増えていきます(第30変奏のみ特殊で、Quodlibetが置かれている)。これにより変奏は更に3つずつに区切ることができます。このバッハによる数字の仕掛けについては様々な文献で取り上げられていることではありますが、「3」という数字は三位一体を象徴するものです。また、第16変奏にはOuverture(序曲)と書かれており、30の変奏は15変奏ずつの大きな2つの纏まりと捉えられるようにもなっています。更に、32小節のアリアと、アリア・変奏・アリアの合計が32なのも何かしらの意味があることと勘ぐってしまいます。このように、演奏をする前からこの作品には興味深いところが沢山あり、面白いです。バロックの時代にこれだけ規模の大きな鍵盤作品があるのも驚きですが、現在でも芸術の粋を極めた、変奏曲の最高峰です。
新型コロナウィルスの影響もありましたが、今年も様々な演奏会に出演させていただいています。でもこの演奏会は私の2020年の中で最も重要な演奏会になるのは間違いありません。世の中に沢山の演奏が存在しますが、私のゴルトベルク変奏曲を皆様にお届けできるのを楽しみにしております。
(佐藤 彦大)
プロフィール
佐藤 彦大 (SATO Hiroo)Piano
盛岡市出身。東京音楽大学付属高等学校、同大学及び同大学院鍵盤楽器研究領域(ピアノ・エクセレンス)修了。ベルリン芸術大学で研鑽を積み、その後チャイコフスキー記念国立モスクワ音楽院研究科修了。鷲見加寿子、野島稔、故エレーナ・ラピツカヤ、エリソ・ヴィルサラーゼの各氏に師事。在学中ロームミュージックファンデーション、明治安田クオリティオブライフ文化財団より奨学金を得る。
2004年第58回全日本学生音楽コンクール高校の部全国大会第1位、併せて野村賞・都築音楽賞受賞、2006年第1回野島稔・よこすかピアノコンクール第1位、2007年第76回日本音楽コンクール第1位、併せて野村賞・井口賞・河合賞受賞、2010年第4回仙台国際音楽コンクール第3位、2011年第5回サン・ニコラ・ディ・バーリ国際ピアノコンクール第1位、併せてF.リスト2011特別賞・批評家賞受賞(イタリア)、2015年第21回リカルド・ビニェス国際ピアノコンクール第2位(スペイン)、2015年第36回霧島国際音楽祭賞受賞、2016年第62回マリア・カナルス・バルセロナ国際音楽コンクール第1位、併せて聴衆賞・グラナドス賞受賞(スペイン)、2020年令和元年度岩手県文化スポーツ表彰文化分野受賞。
オーケストラとの共演も多く、2008年第17回国際音楽祭「ヤング・プラハ」にてE.ロジスター/プラハ室内管弦楽団と共演。2009年広上淳一/東京音楽大学シンフォニーオーケストラのヨーロッパ演奏旅行、2012年小泉和裕/仙台フィルハーモニー管弦楽団の東北ニューイヤーコンサートツアーにソリストとして同行。2014年「第18回京都の秋音楽祭」開会記念コンサートで広上淳一/京都市交響楽団と共演。その他、大友直人/東京交響楽団、小林研一郎/日本フィルハーモニー交響楽団、梅田俊明/東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団、三石精一/東京ユニバーサル・フィルハーモニー管弦楽団、渡邊一正/神奈川フィルハーモニー管弦楽団、茂木大輔/群馬交響楽団、山下一史/千葉交響楽団、松尾葉子/セントラル愛知交響楽団、L.ヴィオッティ/ビルバオ交響楽団、V.P.ペレス/テネリフェ交響楽団、A.ベイエ(Vl.)/グラナダ市管弦楽団、A.サラド/セビーリャ王立交響楽団等と共演。室内楽ではNHK交響楽団首席メンバーとの五重奏をはじめ、久保陽子(Vl.)、二村英仁(Vl.)、千住真理子(Vl.)、神谷未穂(Vl.)、カテジナ・ヤヴールコヴァ(Hr.)の各氏等と共演している。
2011年東京文化会館小ホール、2013年紀尾井ホール、2016年浜離宮朝日ホールにて行われたリサイタルは各誌で好評を博した。2019年東京オペラシティ主催「B→C」に出演。またNHK-FM「名曲リサイタル」「リサイタル・ノヴァ」に出演。日本各地はもとより、スペイン・ロシア・ドイツ・イタリア・フランス・チェコ・中国で演奏活動を行っている。
録音ではライヴ・ノーツより2012年「Hiroo Sato plays 3 Sonatas」、2017年「Hiroo Sato Piano Recital」(レコード芸術準特選盤)、2018年ベルウッド・レコードより「Japonisme菅井知延子作品集」の3枚のCDをリリース。
現在岩手大学特命准教授、東京音楽大学講師として後進の指導にも力を注いでいる。ミリオンコンサート協会所属アーティスト。