モスクワのきびしい環境で体得したもの、ベートーヴェンから佐藤彦大へと続く"伝統の継承"
そういえば小学2年生のときに七夕の短冊(たんざく)に「ピアニストになりたい!」なんて書いていましたね!(笑)
気軽でフレンドリー、ユーモアたっぷりで話す姿がとても好印象の佐藤彦大さんですが、彼の演奏に初めて触れたときの衝撃は、今でも鮮明に覚えています。繊細なタッチで美しい音を響かせるピアニストは多いですが、佐藤さんのピアノの音は美しいだけでなく、すべての音が独特で、実に深い魅力をたたえており、内奥から導かれてくるすばらしい音楽性に溢れているのです。右手と左手がまるで別な演奏者のように、たとえば指揮者とオーケストラのように、一体でありながらそれぞれ独自な生命を持っています。
佐藤さんの独特なタッチによって紡がれる作品は、紙とインクのみのモノクロの楽譜から命を吹き込まれた音として立ち上がり、蘇り、わたしたち聞き手にエネルギーを与えてくれます。そんな佐藤さんの演奏の秘密を探りながら、今回予定されているコンサートに向けて取材をさせていただきました。
モスクワに行って、今まで日本で培ってきたものはすべて捨てましたね!まず、そこで気がついたことは、彼らは"伝統の継承"ということに関して、とてつもなくプライドを持っているということでした。言葉では表しにくいのですが、心と肌で感じることができるすばらしい"伝統の継承"を数多く感じ、学んで帰ってきたからには、僕もある程度そのような"つもり"を持って、いま日本で教えています。
ベルリンとモスクワに足かけ5年間いましたが、帰国して、以前の僕を知る友人からよく言われることは「まったくスタイルが変わった、体の使い方も異なっている!すべてが全部違う」ということでした。自分としては変えたつもりはないのですが、日本でそれまでに培っていたものは、すべて捨てましたので、いつのまにか変わっていたということでしょう。
音楽家さんはある意味で自分をアップデートし続けなければいけないのです。
日本のコンクールで優勝したこと(第76回日本音楽コンクール)、国際コンクール(難関で知られるマリア・カナルス・バルセロナ国際音楽コンクール第62回)で優勝したことなど…それらを実感するのは自分ですが、そうした事実を意識せず、過去のものとして客観的に受けとめ、常に向上し続けられるかどうかが演奏家には問われているのだと思います。
今回のプログラムに寄せてーー
モスクワ音楽院で僕が習っていたヴィルサラーゼ先生は、辿っていくとリストの弟子になります。ということは、リストの先生がツェルニーで、ツェルニーの先生がベートーヴェンですから、そうした師弟関係、"伝統の継承"というものを振り返ってみると、今回、ベートーヴェンの3大ソナタに僕が取り組むということは、ベートーヴェンから僕へと受け継がれてきた"伝統の継承"というものもあるはずで、なにかとても意義深いものを感じます、感慨深いというか、畏れ多いですね…。最近では、このような"流派"というか、師弟関係というか、そういうものに誇りを感ずるようになりました。
クラシック音楽のように、何百年も連綿と受け継がれ、無形の資産を蓄積してきた芸術では、師弟の間で受け継がれていく貴重な資産というものを意識することはきわめて大切なことだといえます。決して無視することはできません。
オフでは猫と戯れていることが多い、時間ができれば、きのこや山菜を採りに行く、また、昆虫採集、釣り、自転車、キャンプといったアウトドアの活動が大好きだという愉快な佐藤彦大さんですが、その背後には、偉大な大きな魂を感じざるをえません。
人間の二面性とは実に興味深いものです。表面的にはフレンドリーで愉快で、決して深刻な表情など見せない佐藤彦大さんですが、ひとたびピアノに向かうや否や、演奏が進むにつれ、ときおり垣間見せる深遠さ、卓越した鋭い解釈、至高の芸術性、美しさ…そうした光と影のもたす絶妙なバランス感覚を備えている佐藤彦大さん。今回の佐藤彦大さんのベートーヴェン三大ソナタ「悲愴」「月光」「熱情」は、おそらくさまざまな意味で、今年度最高の“ベートーヴェン三大ソナタ体験”として、わたしたちを待ち構えているはずです。
プロフィール
佐藤 彦大(Hiroo Sato)Piano
盛岡市出身。東京音楽大学大学院器楽専攻鍵盤楽器研究領域(ピアノ・エクセレンス)修了、ベルリン芸術大学及びモスクワ音楽院にて研鑽を積む。2009-2012年ローム・ミュージク・ファンデーション、2013・2015年度明治安田クオリティオブライフ文化財団奨学生。
2004年第14回日独青少年交流コンサートに出演、翌年には招待演奏者としてドイツ各地での演奏会に出演。2008年第17回国際音楽祭「ヤング・プラハ」に出演。2009年広上淳一指揮/東京音楽大学シンフォニーオーケストラのヨーロッパツアー、2012年小泉和裕指揮/仙台フィルハーモニー管弦楽団の東北ニューイヤーコンサートツアーにソリストとして同行。その他、大友直人指揮/東京交響楽団、小林研一郎指揮/日本フィルハーモニー交響楽団、広上淳一指揮/京都市交響楽団、L.ヴィオッティ指揮/ビルバオ交響楽団、V.P.ペレス指揮/テネリフェ交響楽団等、国内外の主要オーケストラと共演。室内楽ではNHK交響楽団主席メンバーをはじめ久保陽子(Vl.)、二村英仁(Vl.)の各氏等と共演している。
主要なリサイタルは、2011年東京文化会館小ホール、2013年紀尾井ホール、2016年浜離宮朝日ホールにて行われ、各誌で好評を博した。また、NHK-FM「名曲リサイタル」「リサイタル・ノヴァ」に出演。 日本各地をはじめスペイン・ロシア・ドイツ・イタリア・フランス・チェコ・中国で演奏活動を行っている。
録音ではライヴ・ノーツより2012年「Hiroo Sato plays 3 Sonatas」、2017年「Hiroo Sato Piano Recital」(レコード芸術準特選盤)の2枚のアルバムをリリースしている。
現在、東京音楽大学講師として後進の指導にあたっている。ミリオンコンサート協会所属アーティスト。
【受賞歴】
2004年第58回全日本学生音楽コンクール高校の部全国大会第1位、併せて野村賞・都築音楽賞受賞
2006年第1回野島稔・よこすかピアノコンクール第1位
2007年第76回日本音楽コンクール第1位 、併せて野村賞・井口賞・河合賞を受賞
2010年第4回仙台国際音楽コンクール第3位
2011年第5回サン・ニコラ・ディ・バーリ国際ピアノコンクール第1位、併せてF.リスト2011特別賞、批評家賞を受賞(イタリア)
2015年第21回リカルド・ビニェス国際ピアノコンクール第2位(スペイン)
2015年第36回霧島国際音楽祭賞受賞
2016年第62回マリア・カナルス・バルセロナ国際音楽コンクール第1位、併せてグラナドス賞・聴衆賞を受賞(スペイン)
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