【黒岩航紀さん】今もっとも活躍中の若手ピアニスト黒岩航紀さんに聞く【音楽のQ&A】後編

音楽との出会い、そして今、演奏家としてーー。 
前編ではそんな黒岩さんと音楽について語ってくださいました。
前編はこちら

後編では演奏会で”音楽の可能性”を伝え続ける黒岩さんならではの、音楽の本質に迫った質問をさせていただきました。



運命のパートナー


ー 黒岩さんにとってピアノとは何ですか?




黒岩そうですね。
音楽というのは僕の”言葉”であり、そして、ピアノという存在は僕にその言葉を伝えるための大切な一番の”パートナー”です。
もちろん、お客様に音楽についてのお話しをすることや音楽談義をすることというのも割と好きです。ですがそれよりも、ピアノを通して音楽でお客様と会話をし、あるいはアンサンブルを通して対話することの方が、しゃべることよりも自分の本音を正直にお伝えすることができます。
“言葉”と表現したのにはもう一つ理由がありまして、それは音楽は世界中どこでも使える”世界共通言語”だということです。

これは自分も海外などに行って思ったことなのですが、どんな国に行っても自分の音楽はできますし、アンサンブルもできます。それは本当に素晴らしいことで、音楽とは本当に世界共通言語なのだと実感しています。
外国語が話せない人でも、音楽という”言葉”を伝えることはできますし、もっと言えば、生まれてから死ぬまで誰しもに伝わる究極の”言語”だとさえ思います。
そういう意味では、自分はすごく恵まれた言語を持っているなぁと思っていますし、その尊い”言葉”である音楽を大切にしたいですね。


スタッフなるほど、なるほど。よくバイリンガルって言いますけど、黒岩さんの場合、日本語喋れます、英語しゃべれます、ピアノ喋れます、ということですね!(笑)

黒岩そういうことです。(笑)
そしてピアノというのは”パートナー”と言いましたが、なんというか…“妻”的な存在ともいえるかもしれませんね!自分は浮気したことがないというか…変な言い方なんですけど。(笑)

スタッフなるほど。運命ですね!

黒岩そうですね〜、生まれ変わってもピアノを選びますね。もう一人自分の分身がいたら他の楽器をやるかもしれませんが。(笑)もう出会っちゃったので…運命のパートナーです。



厳しい下積み時代を乗り越えて


ー クラシック音楽、特にピアノの演奏をずっとやって来られた上での成功体験と失敗体験についてお聞かせいただければ幸いです。




黒岩各本番で成功した部分、失敗した部分、それぞれあるのでなんとも言えないのですが…

成功体験とは少し異なるかもしれませんが…僕は今、演奏会で話すことが結構好きで取り入れているのですが、それこそ5、6年前の僕は人前でしゃべるのがすごく苦手でした!
ですので、演奏会でのしゃべりはNGな演奏家だったので、たまに話をしてくださいと言われると案の定まったく話せずで…時には紙(カンペ)を用意しておいて見て話していたことも…(汗)

ですが、そんなことをしても、お客様は喜ばないんですよね…。そんな感じでお話したとしても読み上げているというのは、その時の僕の言葉じゃないですし。
その時にどんなに下手でもなにかしら僕が感じていることを、お客様の目を見て、その場で紙を見ずに話せば良かったと思いました。ですので、それはある意味失敗談ですね。(笑)

きっかけは学部の3、4年の時、サックスの須川先生と一緒に演奏したときです。須川先生はとても気さくな方でお客様に対しても「楽しんでもらおう!」という姿勢が素晴らしい尊敬できる先生でした。
演奏会ではMCなんかも積極的に取り入れていました。
共演した際に「黒岩くんも何かしゃべってよ!」と言われたのですが、「僕しゃべりだけはNGなんです」って言ったんですけど…(笑)
そんな僕に先生は「せっかくお客様の前に出るのだから何かお話して、お客様にこの曲のこの部分が面白いというのをアピールしてお客様を楽しませないと!」と背中を押してくださり、僕にお客様の前で話す機会をくださったのです。

最初は苦手で須川先生にもフォローを入れてもらったりしながら、ちょっとこれは辛いなという思いをしたりもしました。
ですが、そのとき四苦八苦しながらも話すことを経験し、須川先生の演奏会での”志”に触れ、良いなと感じたのが印象的に残っていまして…不思議と自分の演奏会の時にも話すことを取り入れるようになったのです。
今では曲についてや、自分が感じていることなどを、お客様に自分の言葉を通して伝えていきながら演奏会をしたいというまでになりました。


スタッフなるほど!そんなエピソードがあったのですね。
人って常に成長したいと潜在的に思っていると思うのですが、自分に一見向いていないことのように見えることでもチャレンジしたいと興味を惹かれて、たくさん転びながらもできるようになったことというのは、もともと自分に向いていることだったんじゃないかな、なんて私は思ったりします。実は向いていることだから気づくことだったりすると思いますし…。

黒岩そうですね。

スタッフでは、成功談も聞かせてください!


黒岩そうですね、高校受験は自分の人生のなかで大きかったです。
僕の師事している江口先生の前の先生に習っていた時に「芸高に入るには、あなたには圧倒的に基礎力が足りない」と言われたんです。
良いものはあるんだけど、音楽的、技術的なことを含めた基礎力が極めて足りないから、とりあえずツェルニーの30番とバッハのインヴェンションを、とにかく片っ端からやりなさいと言われて。当時、小学6年生です。めちゃくちゃ辛かったですね…。
それまでは割と好きな曲ばかりを取り組んでいたのですが、いざ芸高に入りたいと思ったときにはそれではダメで…かなり勉強しましたね。

ツェルニーを毎回、3つ4つ仕上げていって…30番が終わったら40番、50番、60番と…もうず〜と中学生の時に長々と…。
ショパンのエチュードなんかはほとんどやらせてもらえなかったですね。僕は当時、技術的に指が回るほうでもなく、ちょっと発狂したくなる気持ちを抑えてなんとか食らいついてやっていました。

無事に合格して高校に入学してからも、ソルフェージュの先生は厳しい先生でした。初見力もなかったので…そういう意味ではピアノを弾くうえでの基礎力というのが圧倒的に足りなかったんですね、当時は。
ですが、周囲の友だちがショパンのエチュードとかロマンチックな曲を演奏している中で自分はそれらもやりながらバッハとかツェルニーは“必須項目”的だったので(笑)引き続きやり続けていたら、いつの間にかソルフェージュ能力が養われ、ピアノの技術的な面でも遜色なくなっていました。
おかげで今は、早い指の動きのパッセージで苦戦するということもなく、どういう音色で弾こうか、どう歌おうか、そういった音楽的なことに集中できるのは中高校生時代(厳密には小学6年生からですけど…)の下積みがあったからこそ、なのかなと思いました。


スタッフなるほど…。厳しい基礎をしっかりやってきて、その上で実ったのですね。
黒岩さんって毎日忙しく演奏活動をされているにも関わらず、なんというか、決して現状に甘んじることがない姿勢があると思うのですが、そういうところから来ていたのですね。
ということは、元々がっつり3歳4歳くらいからピアニストを目指して来られたというわけではなかったのですか?

黒岩そうですね、ピアノは自分にとって最大の趣味ではあったのですが、具体的にピアニストになりたい!というよりは、ピアノを弾き続けていたいという漠然とした想いだけでした。
ですので、一番初めにできた大きな目標が「芸高入学」でそれをひたすら目指していましたね。



人が人らしくいるために不可欠なもの


ー 「音楽の可能性」とはなんだと思いますか?




スタッフ人生にはさまざまな出来事がありますが、音楽によって癒される、勇気がでてきて、力がみなぎってくることがある…音楽とはそういうものなんだろうと、漠然とわたしたちは考えてきました。
しかしある時「音楽とは神の愛であり、英知である」という言葉を知り、本当に心から納得しました。
そんな経緯からぜひ、演奏家さんの立場から考える「音楽の可能性」とは…というご質問をさせていただきたくなった次第でございます。

黒岩音楽は「人が人らしくいるために不可欠なもの」だと思います。
例えば感情が動かされたり、聴く人に、ある情景が思い浮かんだり…それって本来人が持つ素晴らしいものなのではないでしょうか。
なんというか、人だけではなく万物の魂に寄り添っているものというか…ある種、そんなふうに思います。
だからこそ素晴らしい音楽を聴いたとき、涙を流したり、言葉にならない感情が生まれたりしますよね。ですので、人と音楽は引き離せないものだと思います。


クラシック音楽に限定しなくても、世の中は気がつけば音楽に溢れていますよね。
それが良いか悪いかはさておき、どこにも必ず音楽があります。
それはなぜかというと、音楽が人にとってごく自然に本当に大事なものだからだと思っています。音楽は人と密接に関わっているものだからこそ、人の感情を動かせるものなのでは、と。そういう意味では単なる娯楽ではなく、常に人に寄り添っているものなのかなと思います。

ですので、僕は音楽というものはどんな人でも感動させられる力を持っていると思っています。たとえ、音楽に興味がないといっている人だとしても、どこか心に触れるものがあるのではないかと。
テーマが壮大ですが、僕は音楽で世界平和を創れると思っていますし、人の気持ちや心を動かせると思っていますし、誰かを救えるとも思っています。オーバーな話ではなく、身近なところでもそう感じています。


スタッフそうですね! わたしたちもまったくそのとおりだと信じています。
実は私はショパンが好きではなかったのです。ですが、このサロンで間近で何回もショパンを聴くうちに、自分の心が変わったんですよね。
ショパンが聴けるようになって、自分の中に”ショパンに感動する心”ができたのです。心の中に新たな感動のスイッチがインプットされたというか…。ですので、黒岩さんのいう「人が人らしくいるために不可欠なもの」というのはしっくりきますね!

黒岩そうなのです。どう感じるかは人それぞれで良いと思います。
ですが、その人が何かしらプラスの方向に行くきっかけになれば良いと思っていて、例えば「明日からがんばろう」でも「何かチャレンジしてみよう」でも、何でも良いのです。
もちろん、僕の演奏を聴きにきてくださるのはすごく嬉しいことなのですが、もし僕の演奏を一度聴いたきりで、それから忙しくなってしまって一生、聴くことがなかったとしても、僕はそれで良いと思っています。
その一回の演奏で何かしらパワーが湧いてきたら、それだけで僕の存在なんかは忘れてしまって良いのです。

スタッフ感動は一瞬でその場で消えてしまうもののように思われていますが、本当は違うと思います。
“感動した”ということは、そこで何かを発見したことでもありますから、その感動というのは自分のなかにずーと残っていくものだと思います。忘れたように思えても、何らかのきっかけで、その感動が蘇ったりもしますからね。

黒岩そうです。
一回の演奏会でそこにいる人の人生を変えてしまう、とも言えますよね。もう本当にすごいことですよね、たった1時間2時間くらいの空間です。考えられないというか…本当に宇宙レベルのことです。ですがそれくらい、音楽の持つ力ってすごいんだなって。ですので、僕らは演奏することに大きな責任があると思います。

スタッフわかります!
ずっと昔のことですが、本当に仕事が忙しすぎて変な話、仕事から抜け出したくなり、死んだら楽になれるのかな…というような妄想を感じたことがありました。
そのとき、ふとそうした心のお荷物を全部放り出し、音楽を聴いてみようと気づき、朝方まで好きな音楽を聴いたことがありました。そうしたら、音楽に集中しているうちにどんどん気分がよくなり、身体も温かく軽くなり、なんでこんな些細なつまらないことで悩んでいたんだろう…と、わずか5~6時間で奇跡的な快復を、しかも無料で味わったことがあります。これってすごいことですよね。(笑)

黒岩わかります!暗い気持ちになった時に、ルービンシュタインとアシュケナージがショパンのノクターンを弾いているCDを聴いて、気持ちを落ち着かせて寝ていました。(笑)

スタッフあとは体調崩した時に、バッハを聴くと不思議と落ち着くんですよ!
例えば、お腹がおかしくなって寝れなかったときなんかもバッハを聴くと音楽が体を浄化するように音楽の薬が効いたように落ち着くんですよね。

黒岩そうなんですよね。時として、クラシックをBGM的に聴くのはいかん!という人もいますが、僕は例えばモーツァルトって波動が良いというか、日本人の波長に合うとか言われているじゃないですか。
華やかで優雅な雰囲気なので、おしゃれなお茶会なんかでBGM的に流す人もいますけど、僕はそれも全然ありだと思いますね!
たとえBGMになったとしてもヒーリングミュージック的な聴き方があったとしても、それでぐっすり眠れるのであればありかと…というか、それだけ音楽に力があるということですから。そういうのもいいなって思ったりしますね。音楽への接し方、聴き方というのは人それぞれ、千差万別で良いのだと思います。

スタッフ本当にそのとおり!
今日は黒岩さんの音楽によってすべてを包み込むような愛情、音楽そのものに抱く無限の愛情と可能性をたっぷりと味わわせていただきました。長時間、本当にありがとうございました!!



(以上。2018年1月16日美竹清花さろんにて収録)

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