梅雨入りして間もない頃、東京藝術大学に在学していた仲間により結成されたタレイアクァルテットのサロンコンサートが行われました(6月10日美竹清花さろん)。
このカルテットのレパートリーは近現代曲が多く、この日のプログラムもすべて1900年以降の作品で構成されたものでした!
ヤナーチェク:弦楽四重奏曲 第1番「クロイツェル・ソナタ」
西村 朗:弦楽四重奏曲 第5番「シェーシャ」
ラヴェル:弦楽四重奏曲、、
華やかな彼女たちには想像できないような、センセーショナルなプログラムです。
カルテットのコンサートにあたり、音響等を検討し、サロンの前方左のコーナーをステージとし、客席は前方右側から斜めに配置されました。
当日は雨と風が強く、演奏者の背景となった格子模様の左側の窓からは強風に煽られる竹が見え、外界の風雨から完全に遮断された温かな揺籃の中でのコンサートとして、不思議な魅力と安心感が添えられていました。
ヤナーチェクの「クロイツェル・ソナタ」は、同名のトルストイの小説に霊感を得て書かれており、
小説の筋書き──不倫をした妻を殺害してしまった公爵が、列車内で乗客にその顛末を語る──を再現しています。
冒頭から強烈な不協和音が衝撃的に鳴り響きます。
外の荒れ模様の様子も相まって、会場内を不穏な空気で包み込んでいきます。
旋律がばらばらに動く対位法的な箇所では、各自が奔放に動きます。対して、劇的な和音では4人の奏者の音が集まって凝縮し、
まるで分裂してしまった1人の人間が元に戻りたいと足掻(あが)くようです。
第2楽章からは、極端に駒寄りを擦って弾く特殊奏法「スル・ポンティチェロ」によってガラスを引っ掻くような音が多用され、不快感が増していきます。愛する妻の不倫に嫉妬する公爵の感情を表現しているのでしょう。第2楽章の後半になるにつれてスル・ポンティチェロのリズムが鋭く演奏され、嫉妬と苛立ちが煮えたぎる様子が強調されました。
第3楽章ではベートーヴェンのヴァイオリンソナタ第9番「クロイツェル」の引用を2人で演奏するが、それを遮(さえぎ)るように、あとの2人が不協和音で割り込みます。妻と間男(まおとこ)の愛、嫉妬に狂う公爵との対比が強烈に表現され、2人ずつのタッグの息が合っていました。
第4楽章になり、ついに公爵は妻を殺してしまいます。ヴィオラの渡部さんが、底の見えない暗い音で見事なソロを聴かせました。
最後は、後悔に沈む公爵が涙を流すさまを連想させました。・・・・
タレイアクァルテットが「日本人である私たちにしかできない演奏をめざしている」と意気込む西村朗の《シェーシャ》
アーヴィン・アルディッティ氏の60歳の誕生日を祝して作曲され、同氏に捧げられました。アルディッティ氏は1953年生まれで干支はヘビであり、
60歳は還暦にあたる歳で、干支が五巡した節目の歳でした。
「シェーシャ」とはインドの神話に出てくる多頭の大蛇で、千の頭を持ち、大地の底のさらに下から、頭で大地を支えているとされています。
この曲は〈Ⅰ〉シェーシャ(多頭大蛇)の目覚め、〈Ⅱ〉サムドラ・マンタン(乳界攪拌)、〈Ⅲ〉アムリタ(不老不死の甘露水)の3部分から成っています。
冒頭からしばらくシェーシャの目覚めは、ほぼグリッサンドとポルタメントのみの曖昧な音程で構成され、まどろみから目覚める際の、境界線が揺らぐ感覚が表現されました。ところどころに和楽器の篳篥(ひちりき)や笙(しょう)のような日本的な音響が垣間見えました。その瞬間をみごとに捕捉できたのは、タレイアクァルテットだからこそでしょう。
チェロの張りのあるソロを皮切りに、トレモロ中心の音楽へと動き出します。途中、ロングトーンで海の風の音を連想し、景色の歪みを感じ、水滴を思わせる上行形を聴くことができました。ボトルやガラス瓶に、飲み物を入れる時のとぽぽぽぽ…という音にそっくりでした。
これは、アムリタ(不老不死の甘露水)がしたたる音でしょう。
ラストは、チェロが強調する五度音程に、他の奏者も五度に収斂していく幕切れです。・・・「干支が五巡した還暦60歳を祝する」に因んで「五度」に集約したのでしょう。
後半はラヴェルの弦楽四重奏曲、30分ほどの大曲!
タレイアクァルテットとしては、「多くの西洋の芸術家たちが憧れた『オリエント』を、東洋人の観点から表現したい」と語っていました。
出だしから、柔らかい音色でふわりと持ち上げられ、ほっと懐かしい心地に浸りました。
この音は、オーケストラでもソロでもなく、カルテットでなければ味わうことができない── 弦楽四重奏の魅力を目の当たりにしました。
ラヴェルも近現代の作曲家ですが、本コンサートの前半があまりに衝撃的な音響の連続する未体験ゾーンであったため、ラヴェルの音楽が慣れ親しんだ音楽に聞こえました。
第1楽章が、教会旋法で書かれた鄙(ひな)びた音楽であったことも、この日のコンサートにおいて効果的でした。
第2楽章は活気的なピッツィカート(弦を指で弾く)、中間部はヴィオラの魅力的なロングトーンからレント(遅いテンポ)に移行し、オリエンタルな歌を存分に歌い上げました。ピッツィカートが少しずつ戻ってきて、第1ヴァイオリンが弓を手放し、右手全体を使って奏するピッツィカートが印象的で、三味線のような色合いが強くなり、独創的。
第3楽章は自らの本心と世間の声との乖離に葛藤しているようです。内面に語りかけるヴィオラのソロと訴えかけるようなチェロ、内省的な第2ヴァイオリンと外交的なヴィオラ、遠くから聞こえてくるような第1ヴァイオリンと近くで朗々と歌い上げるヴィオラ…、さまざまな相反する二声が表情豊かに交錯し、実に見事な演奏でした。
第4楽章は無窮動の激しいトレモロで進んでいきます。
タレイアクァルテットは音のアタックが速く、一致団結が実に素晴らしいです。
不協和音の摩擦も、コンサート前半を思い出し、懐かしくさえ感じられました。
第1楽章の回想を挟みながら、勢いよく最後まで弾き切り、30分という曲の長さをまったく感じさせない見事な好演となりました!!
わたしたち聴き手をカルテットの世界に強く引き込む素晴らしい演奏でした。
オーケストラでもなく、ソロでもなく、”カルテットでしか表現できない魅力”が間違いなくあります。
アンコールは、「梅雨入りもしたようで月の見えない夜が多くなると思うので、皆さまの心に月を…」との渡部さんのMCの導きで、
ドビュッシーの「月の光」を弦楽四重奏用に編曲したものが演奏されました。
原曲より半音低く、落ち着いた安らぎを感じます。
ピアノの音はポーンと鳴らせばやがて減衰し、自然に消え入ります。
ですが、ヴァイオリンやヴィオラ、チェロのような擦弦楽器は一つの音を伸ばし続けることができるのです。
そして、伸ばし続けるあいだ、様々な表情をあらわします。
最後の「月の光」では、そんな弦の様々な表情が月の光に照らされるかのようにあらわれ、その魅力が存分に味わうことができました。
思わず、ため息がでてしまうほどでした。
本コンサートは、全体を通して普段あまり聴くことができるチャンスのない斬新なプログラムで、緊張感の溢れる現代曲が多かったのですが、メンバーによるMCが場を和ませ、曲に聴き入りやすい工夫も施されており、その点でも好感のもたれる演奏会となりました。
1曲目のヤナーチェクは山田さんの明快な解説のMCによって難解な曲に入りやすくなり、2曲目の「シェーシャ」では取り組んだいきさつ(コンクールの課題曲)やメンバー全員で一から作り上げたというエピソードを第2ヴァイオリンの大澤さんが語り、タレイアクァルテットへの親近感が増し、3曲目のラヴェルではチェロの石崎さんが流暢な演奏とは対象的な、素朴で素直で親しみやすい語り口で会場に笑いも誘いました。
そんな飾らない、自然体な魅力が、多くのファンを魅了しているのでしょう。
わたしたちの耳目の前に、あっという間の2時間弱の、新鮮で、衝撃的で、魅惑的なコンサートが過ぎ去ってしまった…という感がいつまでも残るコンサートとなりました。
若く、溌剌とした生まれたばかりのタレイアクァルテットは、次の機会にはどんなプログラムで、どんな演奏を披露してくれるのでしょう。
今後の活躍に大いに期待したいと思います。
(文責:美竹清花さろん)
(2018年6月10日開催)
タレイアクァルテットのメンバーは以下のとおりです。
山田 香子 Kako Yamada (1st Vn.)
東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校および東京藝術大学を経て、同大学大学院修士課程を首席で修了、大学院アカンサス音楽賞受賞。静岡県学生音楽コンクール第1位および室内楽協会長賞、KOBE国際学生音楽コンクール優秀賞(部門最高位)および兵庫県教育長賞、大阪国際音楽コンクール第2位(部門最高位)、等受賞。沼田園子、澤和樹、山﨑貴子、ジェラール・プーレ、ピエール・アモイヤル、堀正文、松原勝也、野口千代光の各氏に師事。
大澤 理菜子 Rinako Osawa (2nd Vn.)
第20回日本クラシック音楽コンクール高校の部第3位。第64回全日本学生音楽コンクール東京大会高校の部第3位、全国大会入選。第27回全日本ジュニアクラシック音楽コンクール大学生の部第1位。野村学芸財団奨学生。桐朋女子高等学校音楽科、東京藝術大学音楽学部を経て、現在、同大学院修士課程2年在学中。 現在、松原勝也、野口千代光の両氏に師事。
渡部 咲耶 Sakuya Watabe (Va.)
5歳よりヴァイオリンを始める。大学入学時にヴィオラに転向。東京藝術大学を経て、同大学院修士課程修了。大学卒業時に同声会賞、大学院修了時に大学院アカンサス賞を受賞。第3期サントリーホール室内楽アカデミー修了。2015年ザルツブルク=モーツァルト国際室内楽コンクール第3位受賞。2016年宗次ホール弦楽四重奏コンクール第2位受賞。2016年東京芸術大学奏楽堂にてヘンシェル弦楽四重奏団とモーツァルトの弦楽五重奏曲を共演。これまでヴァイオリンを西川重三、小林すぎ野、久保良治の各氏に、ヴィオラを市坪俊彦氏に師事。
石崎 美雨 Miu Ishizaki (Vc.)
8才よりチェロを始める。第12回泉の森ジュニアチェロコンクール高校生以上の部銀賞。第68回全日本学生音楽コンクール東京大会本選 チェロ部門大学の部3位。第12回ビバホールチェロコンクール井上賞。東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校を経て、東京藝術大学音楽学部卒業時に同声会賞受賞。山崎伸子、中田有、増本麻理、中木健二各氏に師事。
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