バッハ生誕333年、クリスマスに絶対聴きたい「ゴルトベルク変奏曲」

今年2018年はバッハ生誕333周年の記念すべき年です。(J.S.バッハ 1685~1750)

その3ー3ー3に因み、12月22日(土)18:00開演、「ゴルトベルク変奏曲」入川舜(いりかわ・しゅん)ピアノコンサートを開催することになりました。

バッハにとって父と子と聖霊(三位一体)を表している“3”は特別な数でした。
“3”は古今東西、陰陽中、天地人、過去・現在・未来、気体・液体・固体、太陽・月・地球…と、自然の摂理を表す数値として用いられています。
美竹清花さろんの定期公演である“123シリーズ”も、“3”を意識しています。
  
また、バッハがもっとも“3”を意識して作曲されたのが、バッハの晩年の大作、ゴルトベルク変奏曲といえるでしょう。


クラシック音楽はバッハにはじまったといっても過言ではありません。
当サロンとしてもバッハという作曲家は特別に大切にしたい作曲家の一人です。

バッハみずから「心の慰め」と語ったこのゴルトベルク変奏曲ですが、年末の少々忙しい師走の時期に心の浄化と安らぎを与えられ、そして新しい年を迎える前に大きなパワーをもらえる、この時期に絶対聴きたい曲ともいえます。
ゴルトベルクファンにも、クラシックを聴き慣れない人でも、すべての人に聴いて欲しい、まさに太陽のような曲ともいえるでしょう。


今回の演奏会によせてピアニストの入川舜さんにコンサートに寄せてメッセージをいただきました。

彼からいただいたこの文章を読んだとき、彼のバッハに対する嘘偽りのない敬愛の念と、この曲に対する情熱をひしひしと感じました。
それでも、まだまだ語りきれないといったご様子の入川さんですが、その続きは当日、実際の演奏で語っていただこうと思います。
そんな純粋無垢な真心で奏でる入川舜のゴルトベルク変奏曲に、期待せずにはいられません。





バッハ生誕333周年《ゴルトベルク変奏曲》特別演奏会によせて
バッハとわたし、そして《ゴルトベルク変奏曲》のこと
入川 舜

はじめてこの作品を知ったのは、やはりグレン・グールドの晩年のディスクからだった。アルバムジャケットのグールドのいかめしい、だがいくぶん気取ったポーズの写真、冒頭アリアのとてもゆっくりとしたテンポ、その澄みきった音楽が子供の頃の記憶に残っている。

なぜこの作品が偉大なのか、そんなことは知る由もなかったが、物心つく前から音楽が好きだった自分にとって、なにかひとつの道しるべを与えてくれた作品であったのかもしれない。



バッハ(1685〜1750)の作品は、幼い頃から絶えず弾いてきた。はじめてピアノを弾いたときもバッハの作品がそばにあったように思うし、10歳を超えて外にレッスンに行くようになってからも、ピアノの先生は毎回必ずバッハのあたらしい何かを与えた。

最初はインヴェンション、その後は平均律・・・。振り返ってみると、バッハの作品に関しては、確実に段階を踏んでいたのかもしれない。ショパンなどはエチュード以外ほとんど手を付けなかったし、“変わった”音楽ばかりを弾いていた中高生の頃は、一般的に“標準的”なレパートリーは穴だらけであったのだが…。

そのうち、自分で自由に曲を選んで練習するようになってからも、やはりバッハは弾き続けていた。パルティータ、フランス組曲、イタリア協奏曲・・・。バッハをとりたてて専門にしようと思っていたことはなかったが、それまでの自分にとっての「バッハの音楽との関係」を壊そうと思ったこともなかった。



大学を出て、これから独力で多くのことを考えなければならない時期になったとき、いくつかの曲を、「これだけはピアニストとして弾けるようになろう」と決めた作品があった。その中に≪ゴルトベルク変奏曲≫が入っていた。

なぜだろう? 今から考えるとその選択に必然性はなかったように思える。だが、バッハの音楽を弾き続けてきた身としては、この孤高の作品を眺めているだけでなく、いつか自分で音を出してみたいという気持ちがあった。

少しずつ30の変奏を練習していったが、どうもうまくいかない。バッハの音楽でここまで自分の指先をつまずかせるものははじめてだった。グールドは軽々と演奏しているが、あの清澄さの裏に、どれほどの苦行があったのか、ようやく少し理解した。



バッハの音楽は、概して“いかめしい”性格の音楽だと思う。それは、いくつもの線が複雑に共存している対位法音楽の世界にバッハが常に身を置いていたからだろうし、時代の厳しさや宗教性ももちろん関係しているだろう。



バッハの音楽は、すでに彼の生前から時代遅れの音楽だった。バッハがドイツ国内での活動に終止していたのに対し、同年代のヘンデル(1685〜1759)はより広範囲な活躍をしていたし、ドイツ国内でも、バッハよりはずっとテレマン(1681〜1767)のほうが評判は高かった。

18世紀に入ると、すでに時代は次第にバッハの息子たちからハイドン、モーツァルトたちへ受け継がれてゆくシンプルな様式が好まれるようになり、バッハは意固地に自分のスタイルを貫いている頑固な作曲家と見られていても不思議ではなかった。

時代から取り残されても、なお古びたフーガの世界に身を置いた作曲家は、歯を食いしばらずを得なかった。それがバッハの音楽にものものしさを与えているのではないだろうか。

なぜバッハはこのような道を選択したのだろう。・・・バッハはこう思っていたのではないか。「この音楽は、私が全生涯をかけて追究すべきものだからだ。」・・・そして事実そのとおりに実行したのだった。だから、バッハの対位法音楽は後年になるほど、より洗練され、完成度を高め、豊かなものとなってゆく。



≪ゴルトベルク変奏曲≫はその卓越の極みに達していたバッハ後期の作品であり、32小節(4つの8小節フレーズ)からなる主題(アリア)、それに続く主題の変奏が30あり、最後に主題のアリアをもういちど繰り返して終わるという計32楽章からなっている。30の変奏を、バッハは2部で構成し、第2部のはじめの第16変奏には《序曲》という副題をつけている。

さらに、連続する3つの変奏ごとにグループをつくり、その3つめにカノン(対位法の技術の一つ:あるメロディーを一人が歌うのに続けてもう一人が遅れて歌い出す。日本語で輪唱という)を一つ組み込んでいるが、はじめのグループのカノン:第3変奏では<同度のカノン>、2つ目のグループ:第6変奏では<2度のカノン>、3つ目のグループ:第9変奏では<3度のカノン>・・・と、追いかけて歌う声部が1度ずつ音程を広げていくという、一貫したシステムが構築されている。

そして最後の10番目のグループの最後:第30変奏では、バッハはカノンではなく、<クオドリベット>という名前をつけた。これは同じメロディーを繰り返すカノンではなく、2つの異なったメロディーが、「カノン風に」主題のハーモニーに統合されているという幾重にも折り重なった世界である。

このメロディーは後の研究によって、2つのドイツ民謡であることがつきとめられたのだが、バッハは単に(自由に)という言葉しか残さなかったため、ここには謎解きのような側面もあるようだ。また、当時この民謡を知っていた人々にとってみれば、同時に知っている旋律が聴こえることで、驚きつつ楽しみが倍増したことだろう。



≪ゴルトベルク変奏曲≫はこのような堅牢な構成の中に、バッハの技法が一つひとつの変奏ごとに表現され尽くしているように見える。それぞれの変奏を詳しく解説していくことはできそうにないが、1時間を超える長さにも関わらず、その曲想のバラエティの多様さによって、飽くことなく聴き続けていられるのは、バッハのイマジネーションの豊かさとそれを表現する筆使いがよどみなく合致していたからだろう。

チャーミングなもの、穏やかなもの、ヴィルトゥオーゾな性格を感じさせる華やかなもの、神秘性を感じさせるもの・・・。一つの主題から大きな宇宙が生まれてくるような限りのなさである。また、30の変奏の中に3つだけ存在している短調の変奏(第15、21、25変奏)も特筆すべきものだろう。特に3つ目の第25変奏はW・ランドフスカによって“黒い真珠”と呼ばれたように、非常に複雑な和声と半音階、不協和な響きに満ちていて、全曲中のハイライトとなっている。これが後期のバッハの真骨頂だったのだろうか。



≪ゴルトベルク≫は確かに、途方のない大きさを持った作品であり、その作品を真に理解し、表現するには非常な努力と忍耐が要求される。だが・・・だが私たちはこの作品を「そのようなものとして」聴かなければならないのだろうか?



もういちど、「自分にとっての≪ゴルトベルク≫」に戻ろう。それはまず、やはり<アリア>の澄み切った響きなのであり、子供でも歌うことができるようなものなのである。あのソの音のみによってはじまる世界には、精神性や複雑性はない。そこに魅了されたのではなかったか。

バッハがこの主題に対して、どのような思いを抱いていたのかはわからないが、これほどまでに独立独歩で歩み、前人未到の領域にまで芸術を高めた人物によって、はじめてあのような<アリア>を書くことが許されたのではないか。はじめてそこに触れる子供でも好きにならずにいられないような音楽を…。



バッハ以後も、天才たちによって偉大な作品が繰り返し生まれ、演奏されてきた。高い次元で様々な要素が結びついているそれらの音楽に私たちは感嘆する。だが一方で、彼らが生み出したシンプルな「うた」は、また違う側面を持っている。それは「親しみやすさ」と言ってもよいかもしれないが、こう言っても良ければ、音楽を愛好する者、音楽を志す者は、「出会いの根底」をそこから見出すのだ。音楽の世界がどの時代にも絶えず息づいている大きな要因は、そこにこそあるのではないか。だから、わたしにとっての≪ゴルトベルク≫も、その地点から出発することが、これまでバッハの音楽に親しみ、学び、向き合ってきた時間を演奏に反映させていくための、最も自然な方法になりえると思う。



バッハの音楽は、聴き手に無理強いをさせる音楽ではないが、その音楽を愛好する者には尽きることのない楽しみを与えてくれる。威厳に満ちた、だが微笑を湛えた肖像画からも、その確信に満ちた音楽が伝わってくる。そして、かつて古めかしい音楽とみなされていたバッハの音楽は、今は“新しさ”を示してくれる。どのように私たちは世界と関わっていかなければならないのか、どう生きていかなければならないのか。



最後に、バッハが≪ゴルトベルク変奏曲≫の巻頭に記した序文を引用しておこう。



「クラヴィーア練習曲集。二段鍵盤を持つクラヴィチェンバロのためのアリアとさまざまな変奏からなる。その愛好家の心の慰みのために。ポーランド国王兼ザクセン選帝候の宮廷作曲家、楽長、ならびにライプツィヒ音楽隊監督、ヨハン・セバスティアン・バッハが作曲。」



入川 舜 ゴルトベルク変奏曲 BWV998
<バッハ生誕333周年記念特別演奏会>


2018年12月22日(土)  開演18:00
美竹清花さろん 
公演の詳細はこちらから

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