「それぞれの作品から感じる、圧倒的な質量や熱量のような意志をより強く、より深く、曲の魔力に触れているような感覚から、演奏するたびに私自身の中での少しの変化を感じ、とても新鮮な喜びを感じています。」
そう語るのは2000年生まれの18才、ピアニストの太田糸音さん。
多彩な魅力が詰まった彼女のピアノは、毎回表情を変え、これからの行方が楽しみな若手演奏家の一人です。
今日は、演奏家の息づかいや表情の変化などを目の当たりにすることができ、全身で音楽を聴くことができる美竹清花さろんで、太田さんの演奏会が開かれました。
出だしは三善晃のソナタで、静の世界へ会場全体を引き込まれます。
その静かな音に浸っていると、いつの間にか動の世界へ連れ出されており、そしてまた気付かないうちに静の世界へ戻っている…そんな不思議な感覚に包まれました。
静と動は対極のようでいて、すぐ隣り合わせの世界であると実感するような第一楽章でした。
続く第二楽章は鄙びた素朴な響きが美しく、感情移入しすぎずに曲を俯瞰するような姿勢が、すでに巨匠の風格を醸し出していました。
対して第三楽章は鋭いリズム、律動感が強調され、彼女の若さが瑞々しくはじけて、前楽章とは対照的に輝きました。
太田さんは決して大袈裟な事はせず、綿密に丁寧に音それぞれの響きを作り上げていきます。
その真摯な音楽作りが、曲本来のダイナミックさを引き出す演奏となっているのでしょう。
2曲目は夜のガスパール、フランスに留学していた三善の音楽から、ラヴェルのフランス音楽へ滑らかに移行する…さすがのプログラミングでした。
淡々と時を刻みながら進むオンディーヌは、ガラス越しに見る世界のよう。「人間ではない」という見えない壁に阻まれ、恋が成就しなかった美しいオンディーヌ(水の精)の、透明な悲しみが浮き彫りになっていました。
つづく「絞首台」は、弱音という点では同じでも、雰囲気はがらりと変わりました。濁った夕闇と不気味な風景。
そして深夜になり、「スカルボ」で不気味さが増します。太田さん特有の重く引き摺る音が非常に効果的で、恐怖がこちら押し寄せてくる、迫真の演奏でした。
休憩後のプロコフィエフの練習曲、1曲目は重量のある音の迫力が存分に生かされていました。2曲目は幻想的に漂い、音も水の中に沈殿していくようにアンニュイ。
3曲目に特徴的な切迫感は、崩れていく現実と焦燥を思わせます。それが繰り返される毎に、崩壊そのものを倒錯的に快感に感じるようになりました。4曲目ではリズム感が小気味よく、そんな中でも音の密度が非常に濃く、充実感がありました。
プロコフィエフの狂乱の世界から一転、ベートーヴェンでは理性的な世界へ引き戻されます。
作品90のソナタの第一楽章は、「理性と感情の戦い」と言い表されることが多いですが、太田さんの演奏は非常に内省的で、理性が勝り、自制が効いていました。
それが、第二楽章になると感情が解き放たれ、あたたかい雰囲気に満たされます。第一楽章が禁欲的な演奏だったのは、この第二楽章のためだったのかと、感動いたしました。
第二楽章の最後、音が消え去る瞬間は、自分の手の中から愛しいものが空へ飛び立っていったかのよう。演奏が終わっても、しばらくその余韻に浸りました。
ラストは、リストの「ノルマの回想」。
心の生の音がダイレクトに聴衆のもとへ届くような、情感たっぷりの豊かな音で、歌う時の器の広さに大型の才能を感じました。
音の伸びが声楽的で、ピアノが打弦楽器であることを忘れてしまうほどでした。
テクニックの華麗さの魅せ方も秀逸で、なおかつ涙を誘う泣きの表現も成熟しており、クライマックスへ向けてのエネルギーにも満ち溢れ、圧巻の最後でした。
アンコールは、災害の多かった2018年への追悼の意を込めてアルベニスの「エボカシオン(追憶)」が厳粛な雰囲気で弾かれ、そのままリストのハンガリー狂詩曲第6番へ続き、陽気に盛り上げ、会場を沸かせました。
最近急に寒くなり、秋とその先の冬を感じさせる気候になってきましたが、この日の会場はとても熱い雰囲気でした。
1日でさまざまな世界を魅せてくださった太田さん。今後も彼女の色々な世界を見たいと思います。
(2018年10月14日開催)
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