サックスといえばジャズや吹奏楽を思い浮かべますが、クラシック音楽におけるサクソフォンの魅力を広めようと、国内のみならず国際的にもご活動をされている山川寛子さん(以下敬称略)に、その魅力を語っていただきました。
美竹清花さろんでは2回目の登場となる今回の4月13日のコンサートでは、まさにサクソフォンの音色に魅了された作曲家たちによる聴きごたえのあるプログラムと、彼女の空気と溶け合うような優しいサクソフォンの音色に期待が膨らみます。
サクソフォンは”発明品”だった
──サクソフォンの由来とは
スタッフ今回はクラシックサクソフォンの演奏会ということで、私たちはそもそもサクソフォンという楽器のことすら、あまりわかっていない状態なのですが、”最近の楽器”というイメージがありますね。いつ頃生まれた楽器なのでしょうか?
山川そうですね。1840年代にベルギーのディナンという街に住むアドルフ・サックス氏によって作られました。
スタッフ人の名前からきたのですね!
山川そうです。彼のお父さんも楽器製作者だった為、若い時から楽器の発明を行い、今日に使われているバスクラリネットの設計をしたのもアドルフ・サックスです。
サックスは特許も取っている“発明品”なんです。
スタッフ発明品!楽器なのに特許を持つ”発明品”なわけですね。とても興味深いですね…。
たしかに木管楽器に分類されるのに、フルートやクラリネットなどの柔らかい木を感じる音というよりは、金管のような明るい音色と、明瞭な発音で、見た目も金管みたいですよね。(笑)
山川確かによく金管楽器と言われます(笑)
サクソフォンの本体は金属なので、トランペットなどの金管楽器と同じです。ただ、クラリネットやオーボエと同じく、葦科の植物である“リード”を振動させて音を鳴らすので木管楽器に分類されるのです。
この楽器は軍楽隊に使用されたことにより、世界に広まっていきました。
スタッフなるほど!金管楽器のように大きな音が出て、木管楽器のように細かいパッセージも演奏できるサックスは、確かに軍楽隊にぴったりですね。
山川そうなんです。その流れでアメリカに渡った時には、ちょうど新しい音楽ジャンルであったジャズが派生してきた時期で、早速、ジャズに取り入れられました。
サクソフォンと聞くとジャズのイメージが強いのはジャズの歴史の最初からサクソフォンが入っているからだと思います。
でも、クラシックの作曲家の間でも知名度がどんどん上がり、使用されるようになっていきました。 “19世紀最高の発明品”と称され、世界中の多くの作曲家、演奏家に愛されてきた楽器なんですよ。
サクソフォンの魅力に一番最初に気付いた人物
──そんなモダンな楽器サクソフォンに、いち早く気付いて取り入れた作曲家とは
山川最初にサクソフォンが使用されたのは、1844年に、ベルリオーズの合唱曲が彼自身の手によって、まだ特許を取る前のサクソフォンを含む6種類の新しい楽器のために編曲されて、ベルリオーズ本人の指揮によって演奏されたそうです。
この時の演奏者は楽器を発明したアドルフ・サックス本人でした。
スタッフ初めて使用されたのが1844年とは、とても新しく感じます。
バッハが活躍した時代が1685〜1750年なので…バッハもベートーヴェンもこの世を去った時代でさえ、まだ生まれていなかった楽器と考えると、不思議な気分にすらなります。
しかも、最初は合唱曲だったのですか!確かに人の声に近いような、まろやかで自由な表現が特徴的でもありますね。
山川そうですね。ただ、当時のサクソフォンはまだ未完成の状態で、アドルフ・サックスは演奏中も工具を使い、楽器の調整をしていたそうです。この2年後の1846年に特許を取っています。
スタッフまだお試し段階だったのですね。では、オーケストラやアンサンブルに取り入れられたのはいつぐらいだったのでしょう?
山川オーケストラの中で最初にサクソフォンが使われたのは、1845年、カストネル作曲のオペラ『ユダヤ人最後の王』です。
その後、ビゼーが1872年に作曲した『アルルの女』でサクソフォンを使用しています。
スタッフなるほど、アルルの女は美しい旋律が印象的ですよね。
今回もプログラムに入っていますね!
山川そうですね。今日演奏されているサクソフォンが使用されるオーケストラ作品の中で、『アルルの女』が1番古いものと言えるでしょう。次のコンサートではこのアルルの女のサクソフォンソロパートも演奏します。
今後、オーケストラでアルルの女を聴く時にサクソフォンに注目して頂けるように覚えていただきたい1曲です。
クラシックサクソフォンの魅力
──山川さんが思うサクソフォンの魅力を、是非、教えてください!
山川先ほど話題にもなりましたが、サクソフォンは金管楽器のような見た目ではありますが、クラリネットやオーボエと同じくリードを鳴らして音を出す木管楽器。でも本体が金属なので他の木管楽器より大きな音も出ますし、響きもあります。この響きが多く温かみのある音色がいいなぁと思っています。
スタッフそれはわかります!見た目と反して(?)、芯の太い、人の声のような音がしますよね。
ですが、不思議なのがジャズとクラシックでは、サクソフォンの音色がまったく違うように聞こえます。
先ほども話に出ましたが、やっぱり一般的にはサクソフォンといえばジャズが有名ですよね?
山川そうですね。ジャズの印象が強い楽器ですが、私自身がクラシック好きなので、単純にクラシックの楽曲の方が肌に合うんです。
ジャズもクラシックもポップスも…やろうと思えば色々な事ができる楽器ではありますが、クラシックの楽曲だけでも全てを網羅できないくらいの数があります。私は器用なタイプではないので、マルチにはならずにじっくりとクラシックの楽曲を勉強していこうと決めました。
時代の流れと共に音楽も変化していきます。
サクソフォンの歴史はまだ浅いので、ベートーヴェンやモーツァルト等の有名作曲家の作品がありません。でも、新しいからこそ、史実とリンクさせて聴いていただくと楽しいと思います。
政治的なメッセージを持つ作品や実験的な音楽は是非、その時代背景を知ってから聴いていただきたいです。
名曲の背景からは、いつも想像力を掻き立てられる
──サクソフォンの名曲とは
山川まずは20世紀の頭に書かれた、サクソフォンにとって初期の作品がおすすめです。
現代の作品はジャズやポップス等様々な要素が入っています。それはそれで楽しいと思いますが、ここのサロンにいらっしゃる方々はクラシックがお好きな方ばかりですよね。
20世紀初頭の作品は凄くクラシカルなので、皆様にすんなり聴いていただけるのではないかなと思います。
前回演奏させていただいたドビュッシーのラプソディ、
今度のコンサートで演奏させて頂きグラズノフのコンチェルトはこの時期の作品です。
グラズノフはヴァイオリンコンチェルトと似ているので聴きやすいと思います。
スタッフそれは楽しみです。
グラズノフの雰囲気はどんな感じですか?
山川ロシアらしく壮大でロマンティック。
後期ロマン派らしいとも言えますね!
スタッフロシアでロマンティックといえばラフマニノフがピンと来ますが?
山川まさにそうです。ちなみに、ラフマニノフの交響曲1番の初演はグラズノフの指揮によるものでした。
これは大失敗に終わりますが、理由はグラズノフが酔っていたせいだと言われています。
ラフマニノフを扱った映画「ある愛の調べ」という映画にも描写されています。
この映画は交響曲1番が失敗に終わり、ラフマニノフが鬱状態になってしまうシーンがあります。
ここで、指揮をしているグラズノフが一瞬映るんです。
私はこのシーンを見て、思わずニヤリとしてしまいました!ちゃんと酔っ払いの指揮者として描かれていますから。
スタッフそうなのですね!クラシック音楽の歴史を紐解くと、あらゆる作曲家があらゆる作曲家に影響を受け、また与え合っているので、想像力を掻き立てられますね。
ちなみに、そんな酔っ払いの(?)グラズノフのサクソフォンコンチェルトについて少し教えていただけますか?
山川はい。この作品は、ドイツ生まれのサクソフォン奏者、シガード・ラッシャーの依頼により作曲されたグラズノフ最晩年の作品です。
前回、私が美竹清花さろんのコンサートのメインにしたのがドビュッシーのラプソディ。
これはドビュッシーが“サクソフォンに魅せられて”書き残したものではありません。
サクソフォンの事をあまり知らずに、苦戦して、苦戦して、途中で投げ出し、なんとか仕上げたもの。
対して、このグラズノフはサクソフォンに魅了されて、サクソフォンカルテット、サクソフォンコンチェルトを書き上げてくれました。
委嘱者であるサクソフォン奏者、ラッシャーと何度も打ち合わせを重ね、サクソフォンという楽器を研究したそうです。
演奏をしていても、グラズノフがこの楽器、サクソフォンに対して愛情を持っていることがわかります。
スタッフなるほど。ヴァイオリンやピアノの曲なんかでもそうですが、作曲家が楽器を愛して作曲していたのか否かというのは、演奏者側が一番よく気づくことですよね。(笑)
山川そうですね(笑)
実は、この作品は多くの音大で入試曲として使われているのです。
ですので、サクソフォン奏者は誰でも楽譜を持っていますね。
高校生の時に音大入試の為に勉強して、その後、数年経ってから楽譜を開いても「やっぱり難しい」と演奏者たちが唸る曲。
難しいというのはネガティブな意味ではなく、よく考えられている作品なので、我々もよく考えて、しっかり勉強しないと太刀打ち出来ないという意味です。
スタッフなるほど。サクソフォン奏者にとって、避けては通れないような大曲なのですね。
山川そうですね。サクソフォン奏者にとってのグラズノフは、ヴァイオリン奏者にとってのメンデルスゾーンのコンチェルトと同じような立ち位置でしょうか。
それだけ名曲であり、演奏者の個性が出る曲です。
でも、向き合えば向き合う程新しい発見がある曲!様々な共演者からも新しい発見を貰います。それがとても楽しいのです。
生演奏で絶対に聴きたい武満徹
──武満徹に関して
スタッフ個人的に今回の武満徹の作品も、とても楽しみにしています。
武満は、それこそ最近の作曲家という印象がありますが、超越した自然な美しさのようなものを感じる不思議な魅力のある作曲家ですね。前衛的な現代音楽が流行った時代を生きた人でしたね。
山川そうですね。20世紀半ばから“実験的な音楽”が発展していきました。
ちょうど、今までの音楽では使われて来なかった特殊奏法が考案され、現代曲というものが出てくる時代でしたね。
今回、演奏させて頂くディスタンスは本来、オーボエソロ、もしくは和楽器・笙とのデュオのために書かれました。
それを1980年にフランス人の演奏家、セルジェ・ベルトキ氏がソプラノサクソフォンのソロに書き直して演奏をしました。武満徹氏自身がこの演奏を聴いて絶賛したそうです。
それから、この曲は武満自身がソプラノサクソフォンへのトランスクリプションを認めた作品になりました。
スタッフそうだったのですか。
武満もサクソフォンに魅了された作曲家だったのですね!
山川はい。ですが、残念ながら、武満徹はサクソフォンのためのソロ曲を残していないのです。
彼自身はサクソフォンが好きだったそうで、映画音楽では使用してくれているのですが。
スタッフなぜ、サクソフォンの作品を残さなかったのでしょうか?
山川恐らく、その当時は日本にサクソフォン奏者が少なく、彼と交流があったり、委嘱する演奏家が居なかったのだと思います。
私自身、今まで邦人作品、ましてや現代曲は遠ざけてきました。
邦人作品を避けてきたのは、ただ単に西洋への憧れが強かったからです。(笑)
ですが、海外でコンサートをさせていただく機会を経て、邦人作品の現代曲を自分のレパートリーに含めたいと思うようになりました。
スタッフたしかに。ロシア人の演奏するロシアもののように、日本人が演奏する邦人作曲家の作品は説得力がありますね。
現代曲を避けてきたのは他に何か理由があったのですか?
山川そうですね。現代曲を避けてきたのは、作曲家、演奏家の自己満足な作品だと感じる事が多く、そこに意味を見出せなかったからというのがありますね。
表現したいものがあって、それに伴う現代奏法ならば取り組む価値はあると思いますが、現代奏法を見せびらかすような、表現したいものが見えない作品、お客様が喜んでくださるのかわからない作品に関しては取り組む気力が湧きませんでした…。
スタッフなるほど!それはとても良くわかります!
ジョンケージの4分33秒とか!(笑)
もちろん、前衛的な試みとして評価が高い理由が、そこにはあるのだと思いますが。
山川そうですね!
深掘りすれば考えが変わるのかもしれませんが、なかなか気持ちが向かなかったのです。
とはいえ、ピアニストはプロコフィエフ、スクリャービンが現代曲だと言いますから、私たちサクソフォン奏者の意見とは少々ズレがあるとは思います。(笑)
私の指す現代曲は、ガラガラドシャーン!! 特殊奏法特殊奏法特殊奏法!
みたいな作品のことです。伝わるかしら。
スタッフはい。よくわかります。(笑)
山川武満徹は現代曲の作曲家だと言われますが、彼の作品はいつもとても綺麗…!
ディスタンスも現代奏法を駆使する無伴奏曲ですが、武満徹の世界観、音色、空気が溢れています。
勉強していると武満氏の真っ直ぐなお人柄を感じるんです。
現代作品は「理解しよう!」と、気合いを入れて聴くのではなく、その場の空気や香りを感じて欲しいです。
また、現代曲は絶対に生演奏がいいです!
録音で聴いても空気はあまり伝わりませんから。
サクソフォンを愛した作曲家たちによる、渾身のプログラム
──最後に、今回のコンサートのプログラムについてコンセプトや聴き所を教えてください。
山川“サクソフォンに魅せられた作曲家たち”というテーマで選曲をしました。
メインはグラズノフのコンチェルトです。
サクソフォンをいち早く取り入れた作曲家、ビゼーからはアルルの女とカルメンファンタジーを。
ラフマニノフの小品も組み込みました。
ラフマニノフは最晩年の作品《交響的舞曲》作品45のオーケストラにサクソフォンを組み込み、とてもとても美しいソロを与えてくれました。彼がもっと長く生きて居たならば、確実に、サクソフォンソロのための作品を遺してくれたと思うのです。
他には、ラヴェルの小品“ハバネラ形式の小品”も演奏致します。
ラヴェルはボレロ、展覧会の絵でサクソフォンを取り入れています。しかも、実はサクソフォン四重奏のための作品を書く予定でサクソフォン奏者と打ち合わせまでしていたのです!ただ、残念ながら病気の進行が進んでしまい、作曲は叶いませんでした。
途中には、先ほどお話しした武満徹。
他にはきっと皆様がご存知ない作曲家を2人ご紹介します。
1人はサンジュレーという作曲家
彼は、なんとアドルフ・サックスの友人だった人!爽やかで聴きやすい作品を書いています。
ピアニストの入川さんが早速気に入ってくださいました。
もう1人はデュボワというフランス人作曲家。私の好きな作曲家の1人です。管楽器に精通した作曲家ですね。
こちらも小品なので聴きやすいと思います。
サクソフォンのコンサートは多くの方にとって、知らない作品が増えてしまうと思うので、盛り沢山の重い内容にならないように気を付けてプログラムを組んでいます。
構えずに、お気軽にお運び頂けたら嬉しいです。
スタッフ今回のプログラムは特に、サクソフォンという楽器を愛した作曲家による作品が盛りだくさんなので、より楽しみですね!
ありがとうございました。
(2019年2月14日美竹清花さろんにて収録。文責、見澤沙弥香)
山川寛子サロンコンサート(ピアノ:入川 舜)
2019年4月13日(土) 開演18:00
美竹清花さろん
⇨公演の詳細はこちらから
当日プログラム
ラフマニノフ:リラの花、ヴォカリーズ
ビゼー:『アルルの女』より間奏曲 カルメンファンタジー(小野寺真編)
武満徹:ディスタンス(ソプラノサクソフォン版)
グラズノフ:サクソフォンコンチェルト
*プログラム等は、やむを得ない事情により、 変更になる場合がございます。
プロフィール
山川 寛子(やまかわ・ひろこ)Saxophone
昭和音楽大学卒業。第10回ブルクハルト国際音楽コンクール管楽器部門にて審査員賞を受賞。第7回ルーマニア国際音楽コンクールにて奨励賞を受賞、他受賞歴多数。2012年、ルーマニア国立ラジオ局にて公開CD録音を行い、好評を博す。また、ルーマニアのペレシュ城、アルクーシュ城にて演奏会を開催し、その模様は全世界に放映された。その後も2014年11月にルーマニアとトルコでのリサイタル、2015年5月にはロマナ・アメリカン大学(ルーマニア)日本語研修センター10周年記念行事に日本からの招待アーティストとして招かれ、最終日のコンサートで弦楽カルテットとの演奏を行う。2017年1月セカンドアルバム「Classical Melodies」を発売。2018年2月にはルーマニア・ブラショフ フィルハーモニー交響楽団と2曲の協奏曲を共演し、好評を博した。
現在、ソリストとしての活動の他、室内楽、オーケストラへの客演等幅広い演奏活動を展開中。これまでにサクソフォンを大森義基、波多江史朗の各氏に、室内楽を榮村正吾、福本信太郎の各氏に師事。ジャン=イヴ・フルモー、須川展也、各氏のマスタークラスを受講。
公式HP http://hirokosax.com