楽器とは不思議なもので、弾き手によって驚くほど音色が変わります。奏者の「自分色」が出たり、「作品解釈」が反映された音であったり、音の色付けは様々です。ところが、尾崎さんの音は「無色透明」で驚きました…!クリアなタッチから生み出される、自我のない澄み切った音を聴いた時、まるで楽器の素の音を初めて聴く心地さえしました。
曇りのない音色で奏されたバッハ=ブゾーニの《シャコンヌニ短調》は、虚飾のない演奏。これほどまでに素直なシャコンヌは他では聴けないでしょう。乾いた土壌に清冽な水が染み込んでいくように、わたしたちの心に自然に入ってくる音楽でした。
ベートーヴェン《ピアノソナタ第30番ホ長調Op. 109》は後期の大作ですが、行き過ぎた意気込みや肩の力を全く感じさせることなく、川の流れのように演奏されました。第2楽章のキャラクターが立っており飽きさせず、第3楽章は至高の美しさで、限りない幸福感と心地よさに包まれました。
古典的な雰囲気で、客観的な描写の色合いだった前半から一転、後半のプログラムは感傷的でロマンティックな曲目が並びます。
チャイコフスキーの《ドゥムカロシアの農村風景Op. 59》は、賑やかなイメージの曲ですが、尾崎さんの演奏では「ドゥムカ(哀歌)」のタイトル通り、哀しさが際立っていました。左手が哀歌のメロディーを奏でる時、右手の高音がまるで雪のように寒々しく舞い、悲しみがしんしんと降り積もりました。
対して、ショパン《マズルカOp. 33》は全体的にすっきりとした演奏。第1番嬰ト短調は短調ではあるものの、ショパン特有の切なさは少なく、まどろんでいるよう。第2番ニ長調は、木洩れ日がさすようなやわらかさを持ち、第3番ハ長調も穏やかな明るさが、優しく耳を撫でました。第4番ロ短調は、立ち止まることなく歩き続ける、淡々とした憂いがありました。
幕引きは、ショパン《アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズOp. 22》。アンダンテ・スピアナートでは、大河の流れのような左手に乗って、歌い込みすぎない右手が清らかに旋律を奏で、無色のショパンを紡ぎます。ポロネーズ部分になっても軽やかさを失わず、装飾もメロディーと同じくらい丁寧に歌われました。最後のコーダの盛り上がりを、弱音で軽快に弾かれたのが印象的でした!
アンコールは、ショパン《3つのワルツ第4番Op. 34-3》と、チャイコフスキー/プレトニョフ《くるみ割り人形情景》。この日は、プログラムを追うごとにサロンのピアノが若返ってゆくように思えました。尾崎さんの演奏は、可憐な少女を想起させる純真さ、無垢、清澄、そして、“未だ見ぬ空”の可能性に満ちているようです。
<プロフィール>
尾崎 未空(Misora Ozaki)Piano
2016年第40回ピティナピアノコンペティション特級グランプリ、及び文部科学大臣賞受賞。
ショパン国際ピアノコンクールinASIA中学生部門(2009年)、プロフェッショナル部門(2013年)にてアジア大会金賞。2010年いしかわミュージックアカデミーIMA音楽賞。2012年第8回モスクワ・ショパン国際青少年コンクール第3位、及び最優秀小品演奏特別賞受賞。
2009年にめぐろパーシモンホールにて初リサイタルを開催して以来、国内外で数多くの演奏会に出演。これまでにリトアニア国立交響楽団、ミネソタ管弦楽団、東京交響楽団、大阪フィルハーモニー交響楽団等と共演。2017年3月キングレコードよりデビューCD「MISORA」をリリース、5月には浜離宮朝日ホールにてリサイタルを開催し、高く評価された。
昭和音楽大学卒業、今年秋よりミュンヘン音楽演劇大学大学院に在学。江口文子氏、アンティ・シーララ氏に師事。
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