通称”N響”の歴史は、何と言っても日本人の本格的なクラシック音楽に対する欲求、特に本格的なオーケストラ演奏への渇望を満たしてきたと言えるでしょう。事実、N響の演奏には数多くの伝説の名演奏が語り継がれています。
日本のオーケストラファンは、ベルリンフィルやウィーンフィルなど、海外著名オーケストラの演奏に感動し、それに決して引けを取らない高水準のN響の演奏に癒されてきたと言っても過言ではありません。
そんな数々の伝説を生み出してきたN響メンバーによる室内楽シリーズが、このたびスタートします!!
今回、サロン設立5周年を迎える今年(2022年)5月5日(木祝)に、N響メンバーによって、大なる2つのフーガと音楽の冗談の極致ともいうべき、重量級のプログラムが演奏されます。
対位法の集大成とも言える「フーガの技法」は、バッハ偉大さ、宇宙のように広がる世界を感じられずにはいられない、彼の最後の力作と言えるでしょう。
今回は、クラシックファンであれば避けて通ることはできない「フーガの技法」について、お話しを伺いました。
<公演情報>
2022年5月5日(木祝) 開演15:00
N響メンバーによる定期サロン 第1回
<当日プログラム>
ヒンデミット:朝7時に湯治場で二流のオーケストラによって初見で演奏された「さまよえるオランダ人」序曲
ベートーヴェン:大フーガ 変ロ長調 Op.133
J.S.バッハ:フーガの技法 BWV 1080(弦楽四重奏版)
対位法の名手!ヒンデミットとバッハの共通点
スタッフフーガの技法に取り組もうと思ったきっかけ(動機)を教えてください。
三又実は、ヴィオラの村松さんが「ヒンデミットで何かプログラムを取り組みたい」という一言がきっかけでした。
村松そうなんです。ヴィオラの曲ってあまり無くて・・・(笑)
そんな中でもヒンデミットがヴィオラの活躍する素晴らしい作品を遺していたので、三又さんに相談しました。
三又その流れで、”ヒンデミットありき”でバランスの取れたプログラムを考えました。
ヒンデミットは対位法をよく勉強した作曲家ですし、とても大切に扱われているので、「対位法といえばバッハでしょ!」ということで、バッハとヒンデミットを組み合わせることになりました。
スタッフたしかに!バッハ弾きで有名なグレン・グールドに「現代の数少ない真のフーガの名手」と言わしめた存在ですからね。
ヒンデミットの作品は何か緻密に計算された構造美のようなものを感じられます。
そして、バッハの中でも対位法の最高峰であるフーガの技法をセレクトされたのは、さすがです…。
フーガの技法は音楽家にとって超えなければならない存在
スタッフ(難しいと思うのですが…)フーガの技法を一言で表現するとしたらどんな曲でしょうか?
小畠そうですね。なんというか、「人生」というか・・・。
一同 (笑)
小畠え〜、なんで笑うんですか!(笑)
この質問は、難しいですね〜。
ですが、絶対に対峙しないといけないものというか・・・。超えなければならない壁というか・・・。
大変に強大な作品なので、誠心誠意込めて登っていきたいですね。
実際に弾いてみると、たくさんの発見もあり、実はすごく楽しいですよ。
最後のコラールに入る時に、すごく感慨深いものを感じます。マラソンはしたことないのですが、こんな感じなのかなぁって思います。
スタッフバッハの音楽は感情を超えて、そこには「バッハの宇宙」のみがあるという感じですよね。
ただ、バッハの音楽ってやはり難解なので、生まれた時から「バッハがわかる人」はいないと思っています(ごく稀にいるかもしれませんが)。
だからこそ、取り組まなければならないという使命感というか、演奏家さんにとって無視できない大きな存在なのかもしれませんね。聴き手も、何か不思議と魅かれます。
村松音楽を始めて、必ずバッハに触れますよね。とっかかりやすい面もあるのですが、分析し出すと難解で奥深く、不思議な音楽です。
弦楽四重奏でフーガの技法に取り組む
スタッフフーガの技法は鍵盤楽器で演奏されることもありますね。
鍵盤か弦楽、何の楽器で演奏するかというのはそれぞれの特色が現れると思うのですが、今回の弦楽四重奏で聴くことの面白さを教えてください。
三又鍵盤楽器ですと、一人の奏者がすべての声部を弾き分けないといけないと思うのですが、弦楽の場合、一つの声部に奏者が一人なので、それぞれの音色になるのが特長です。楽器も違いますし、それに伴って奏法も違ったりしますので、微細なニュアンスの変化が生まれ、「その人の人間性がわかるようなフーガ」というのが現れます。
もちろん、本質的なニュアンス作りや目指すべきところは一緒なのですが。
スタッフなるほど、とてもよくわかります。
弦楽四重奏で演奏されると、それぞれの声部が浮き上がって、立体的に聴こえるのは、そういった要素からでしょうか。
人間性がわかるようなフーガとは…とても素敵な表現です。
感動?計算?演奏中に奏者が考えていることとは?
スタッフフーガの技法を聴き進めて行くと、何か圧倒されて、宇宙とはこういうものだと示されるように深く入っていくような感覚になります(瞑想に導かれるような感覚)。
一方で、奏者の方はどのように感じて演奏しているのでしょうか?
村松そうですねぇ。やっぱり、組み立てていくイメージですかね。何か、家を建てていくような感じです。
一同 なるほど、わかりやすい!
村松内装どうしようかな♪・・・とか(笑)
スタッフなるほど!では結構、緻密に何センチ…とか計算している感じなのでしょうか?
村松と言うより、「こんな音楽であれば過ごしやすいかな」という意識の方でしょうか。
スタッフなるほど!ちなみにオーケストラで演奏している時とは意識は違いますか?
三又そうですね。規模でいうと、たった4人の人間が集まって集中するので、やはり違いますね
小畠意識の密度が高いと思います。
スタッフ興味深いです。ちなみに、ずっと気になっていたのですが、弾きながら感動ってするのですか?
それよりも考えることの方が多いのでしょうか?
三又え・・・みんな、弾きながら感動してる?!
一同 え・・・?!(笑)
村松感動というか、「はぁ〜!」ってなってます(笑)
一同(笑)
三又なにかアンサンブルをしていて、良いところがあったなぁっていうのはみんな感じているかと思います。それをどんどん積み上げているような感じかと思います。
正直、フーガの技法において、いわゆる”山”って無いんですよ。
それぞれ別のルートで同じ山を登っていて、ゴールが見えないけどあそこにゴールがあるのはわかっている。そんなイメージです。
そして、最後に終止形が来るので、その時に皆で達成感を味わいます。
小畠少し専門的な話しになってしまうのかもしれませんが、モーツァルト以降はいわゆるカデンツァという音楽の語尾が必ず決まっていて、フレーズが決まっていて、さらにはクレッシェンドが書かれていたりするのですが…フーガの技法は、カデンツァすら少ないよね?決め所のカデンツァって少ないんですよ、本当に。
なので、通常のバロック音楽とはちょっと異なりますよね。
スタートしてからずーっと続いているような瞑想的な感覚になるというのは、そういう要素からそのように感じられるのかもしれません。
スタッフなるほど、それはバッハならではかもしれませんね。
だからこそ、バッハはどんな風に弾いても許されるというか、キャパシティが広いですよね。
それこそオーケストラでいうとマーラーとかは書き込みや指示も多く、その逆ですよね。
三又そうですね。それに通ずる作曲家で、フレーズが延々と続いていくワーグナーなんかも独特ですよね。
スタッフなるほどですね。
専門的なことでも差し支えないのですが、フーガの技法について、他に何か注目すべき点はありますか?
倉冨そうですね、このフーガの技法はd-moll(ニ短調)で書かれています。
クラシック音楽において、大事な作品は大体d-mollで書かれているのではないでしょうか。モーツァルトのレクイエムやベートーヴェンの第九、フォーレのレクイエムなど・・・。d-mollは宗教色が露呈されている調性としても知られていますね。
フーガの技法については、最後のコラールはG-dur(ト長調)で書かれているので、抜けるような明るさの調性で終わるところも、何か印象的な気がします。
聴きどころは・・・無い?!
スタッフ最後に、聴きどころやお客様に向けてメッセージなどあればお願いします!
村松聴きどころは・・・無いですね!
一緒にお客様も作り上げて行くような感じの作品だと思います。
先ほどもご紹介した通り、我々もお客様にここを聴いてねってアピールするような弾き方は絶対しないですし、お客様もフーガのあの部分がすっごい気になる、というのも無いと思うんですよ(笑)
なので、親密なサロンの空間を通して、一緒に作り上げていければなぁと思っています。
三又あとは、チラシに書いてあるので、そちらをご覧いただけましたら幸いです。
(2022年4月13日収録。文責、見澤沙弥香)
N響メンバーによる定期サロン 第1回
2022年5月5日(木祝) 開演15:00
美竹清花さろん
⇨公演の詳細・ご予約はこちらから
Tel:03-6452-6711
info@mitakesayaka.com
当日プログラム
ヒンデミット:朝7時に湯治場で二流のオーケストラによって初見で演奏された「さまよえるオランダ人」序曲
ベートーヴェン:大フーガ 変ロ長調 Op.133
J.S.バッハ:フーガの技法 BWV 1080(弦楽四重奏版)
*プログラム等は、やむを得ない事情により、 変更になる場合がございます。
プロフィール
三又 治彦(MIMATA Haruhiko)Violin
桐朋学園音楽学部演奏学科卒業。2006年にNHK交響楽団に入団。現在ヴァイオリン次席奏者。2008年にハマのJACK(現在は特定非営利活動法人)を仲間とともに立ち上げ、未来の音楽家支援を目的とした「金の卵プロジェクト」、家族で楽しめる音楽プロジェクト等クラシック普及活動を行っている。またウィーンフィルハーモニー交響楽団メンバーとの共演等、室内楽、リサイタル等幅広く活動している。NPO法人ハマのJACK理事長。
倉冨 亮太(KURATOMI Ryota)Violin
東京藝術大学音楽学部弦楽科を首席で卒業。在学中に福島賞、安宅賞、三菱地所賞等受賞。同大学修士課程修了。ロームミュージックファンデーション2016年度奨学生。シゲティ国際コンクール入賞。リピッツァー国際コンクール最高位、聴衆賞等の特別賞受賞。別府アルゲリッチ音楽祭、リゾナーレ音楽祭、軽井沢国際音楽祭、北九州国際音楽祭、東京・春・音楽祭など出演し、活躍の場を広げている。これまでに千田成子、清水高師、篠崎史紀各氏に師事。東京ジュニアオーケストラソサエティ講師。現在、NHK交響楽団次席代行ヴァイオリン奏者。
村松 龍(MATSUMURA Ryo)Viola
6歳よりバイオリンを始める。東京音楽大学付属高校を経て同大学卒業。卒業時に読売新人演奏会出演。
1995年第49回全日本学生音楽コンクール東京大会小学生の部第2位。
2003年第4回大阪国際コンクール高校の部3位(1位、2位なし)2007年東京音楽大学コンクール第1位。NHK交響楽団アカデミーを経て、現在NHK交響楽団次席ビオラ奏者。ハマのジャックメンバー。各オーケストラでゲスト首席、室内楽、ソロ、アマチュアオーケストラ指導などでも活躍している。
小畠 幸法(KOBATAKE Yukinori)Cello
NHK交響楽団チェロ奏者。
東京藝術大学音楽学部卒業。同大学院音楽学部修士課程修了。
これまでに金木博幸、間瀬利雄、苅田雅治、山崎伸子、藤森亮一の各氏に師事。
マスタークラスをW.ヴェッチャー、P.ドゥマンジェ、D.ゲリンガスに師事。
キジアーナ音楽院国際アカデミー、小澤国際室内楽アカデミー参加。JTが育てるアンサンブルシリーズ、JTアフィニス アンサンブル セレクション特別演奏、フジロックフェスティバル2018G&G Miller Orchestra等多数出演。