目次
ピアニスト“秋元孝介”の名は、葵トリオによって一躍知られるようになった。
2018年、ピアノ三重奏団「葵トリオ」のピアニストとして、第67回ミュンヘン国際音楽コンクールピアノ三重奏部門で日本人初の優勝。現在は国内外で多数の演奏活動を行いながら、ミュンヘン音楽演劇大学大学院、東京藝術大学大学院音楽研究科博士後期課程にて更なる研鑽を積んでいる。
深い構成力と洞察力、ふくよかな響き、安定したテクニック──
それは葵トリオのサウンドに必須なものであり、ピアノ三重奏という編成においてピアニストの存在は極めて大きく、秋元孝介の今後の活動に益々、注目が集まっている。
メトネル(1880年〜1951年)の作品はラフマニノフをはじめ、ルービンシュタイン、ホロヴィッツなどの名ピアニストたちによっても好んで取り上げられ、数々の巨匠を魅了してきた。
今回は彼の代表的な作品である二つの「忘れられた調べ」と、ロシアの巨匠の名作を組み合わせたプログラムを二回公演で行う。
メトネルをソロの活動としてメインに取り組む秋元氏。内に秘めた研究者としての情熱が垣間見える貴重な機会となるだろう。
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【第1回】メトネル&ラフマニノフ
2024年1月14日(日) 15:00開演
メトネル:2つのおとぎ話 op.20
メトネル:忘れられた調べ第1集Op.38
ラフマニノフ:楽興の時
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【第2回】メトネル&チャイコフスキー
2024年5月15日(水) 19:00開演
メトネル:忘れられた調べ 第2集 Op.39
チャイコフスキー:ピアノ・ソナタ(大ソナタ) ト長調 Op.37
他
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メトネルとの出会い、不思議な魅力
スタッフ秋元さんがソロで一番取り組みたい作品がメトネルと聞いて意外に感じている人も多いと思います。
秋元メトネルとの最初の出会いは、高校3年生のときに浜松国際ピアノアカデミー(まだ中村紘子先生もいらっしゃった時代なのですが)を受けた際に、モスクワのヴラディーミル・トロップ先生がレクチャーコンサートのような形式で、ロシアの有名じゃない作品を取り上げた演奏で、初めてメトネルを聴きました。他にもキュイだとかカリンニコフだとか…、マイナーだけどロマンティックな作品を取り上げていたのが印象的でした。
そのときの印象は、強烈にインパクトがあったわけではなかったのですが、なにかこうなんとなく良いな…という感じで、脳裏に残っていたんですよね。
それからしばらくして弾いていなかったのですが、大学を卒業して、大学院に進学するタイミングで研究分野を決めるときに、急に「メトネルだ!」という衝動を感じ、取り組んでみることにしました。
スタッフなるほど。ずっと気になっていて、タイミングが来て急にピンとくるみたいな感じですね!
確かに、メトネルの音楽って、なにかジブリの映画を見たときのような奇妙というか、不思議な魅力がありますよね。何かわからないけど、気になっちゃう!みたいな(笑)
秋元たしかに!はっきりした印象が心に残るというよりは、魅力に気付くまでに、個人差も、時間差もあるような作品が多いですよね。
スタッフそして秋元さんといえば、師である有森博先生(東京藝術大学教授。第12回ショパン国際ピアノコンクール最優秀演奏賞)の影響もあるのかな?と思うのですが、ショパンやラフマニノフなど、ロマンティックな作品が得意なイメージでした。特に2020年のショパンのエチュード全曲演奏会には驚きました!これほどあらゆる面で巧い人がいるのかぁと瞠目しましたよ。
秋元あのときはコロナの影響で春から夏くらいまで演奏会が出来なくて暇すぎて…(笑)短期的な目標がなくなってしまったので、何かこのタイミングで鍛錬しようと思い、取り組んだ次第ですね。
スタッフいや〜あれはすごい精度の高さでしたね。
それこそつい最近の2023年6月サントリー葵トリオのラフマニノフ「悲しみの三重奏曲」第2番もすごかったですね。鐘の音が谷底から鳴ってくるような深い響きと、作品の凄みがこれほど伝わってくる演奏も、今時少ないと思います。
まずは「忘れられた調べ」から
スタッフ今回、メトネルの「忘れられた調べ」に取り組もうと思われたきっかけを教えてください。また、2回公演でそれぞれラフマニノフとチャイコフスキーを組み合わせた理由も教えてください。
秋元「忘れられた調べ」は第1巻〜第3巻まである曲集なのですが、第1巻に触れたとき「まずはこれに取り組みたい!」と思ったんですよね。
メトネルを大学院で取り組むと決めたときに、ひたすらCDを聴いていたのですが、その中でもこの作品はメトネルの作品にしては音も少なく、そんなにややこしくなく聴きやすいと思います。そのため、メトネルを最初に取り組むのにとても適した作品だと思います。その頃は大学の学内のコンサートでしか弾かなかったのですが、この機会にオープンな場所で弾きたいなと思い、選択しました。
スタッフたしかに、第1巻なんかはそれぞれにタイトルがついていて、聴き手もとっつきやすいイメージです。
秋元そうですね。小品としても独立性がありますし、通して弾いてもストーリー性があるという点では、聴きやすい優れた作品かなと思います。
スタッフ今回はメトネルに、ラフマニノフとチャイコフスキーをそれぞれ組み合わせたのは、何か意図があったのですか?
秋元ラフマニノフはちょうどこのシーズンに弾いていたこともあり、メトネルとの相性も良いので組み合わせました。作曲家同士も大体同じ時代を生きていて、お互い影響し合っていたこともありますしね。チャイコフスキーに関しては、生きた時代も作風も全然違いますよね。チャイコフスキーと組み合わせる回となっている「忘れられた調べ」の第2巻の方が、よりメトネルの音楽を凝縮したような感じで、かなり濃密、かつ暗めな音楽なので、それとは対照的な華のある、楽観的な音楽と組み合わせたいなと思い、組み合わせました。
スタッフなるほど!それにしてもまたグランドソナタとは30分以上の大曲ですよね…!
秋元はい、難しいんですよね(笑)しかも難しい割に映えないというか…。例えばスクリャービンやプロコフィエフのような「おぉ!」みたいな派手さもないですし、上手く演奏しないと野暮ったい感じが出てしまいます。今までも試験やらコンクールやらで弾きたいな〜と思ったこともあったんですが、やっぱリスキーかなというのが先行してしまって、定番のラフマニノフの2番やプロコフィエフのソナタなんかを選んでしまったり…(笑)なので、何かそうした評価される場ではなく、演奏会の場でぜひ取り組みたいと思った次第です。自分でも初めて取り組む作品なので、とても楽しみです!
スタッフいや〜それは楽しみですね。秋元さんのピアノってスケールが大きいし、偶然その場で生まれた?ような発見が感じられるし、細部にわたるまで緻密に構築されていると同時に、繊細緻密さから解放された大きな拡がりが調和している…といった、芸術的な表現というのはまさにこういったものなのだろうと感じさせられるものがありますね。聴き手が知らなかった初めての作品でも、まるで知られている名曲かのように引き込んでしまう力があるんですよね。メトネルを初めて聴いたときも「実はこんなにすばらしい作品だったのか!」と驚きました。そもそもメトネルを聴く機会なんて音大の卒業演奏で一人くらい弾いているかな?といった程度でしたので…(笑)
メトネルをどう弾くか
スタッフクラシック音楽の歴史において、後々になってから人気になる作曲家とか作品って、案外多いですよね。例えばフォーレやカプースチン、リゲティなんかも、いつの間にか、多くの人が聴いたり弾くようになっていた!という感じです。もちろん、パイオニアのような演奏家の存在、メディアや音楽評論などの影響もあると思いますが…。そういった意味では、メトネルも伸び代がありますね…。
秋元それはわかります。やはり、人気のある録音が出ているかどうかは、けっこう大事な要因になると思っています!メトネルに関しては、もっとさまざまなアプローチができると思っていて、まだまだ余白があると思っています。
スタッフどんなアプローチがあるとお考えになっているのですか?
秋元メトネルに関しては、どのように曲が構築されているのかということと、曲のメリハリをつけることが重要です。メトネルの作品には極端な表現がなく、テンポのルバートもないし、盛り上がったところで音がすごく増えるというようなこともなく、ずっとこう、うねうねしている感じに聞こえてしまい、だらだらと曲が進んでしまいがちな作曲家なのです…。なので、彼の意図を汲み取りつつも、自分で咀嚼して、もう少し伝わりやすいように味付けした方が魅力が引き立つと考えます。もちろん味付けは良い塩梅でする必要があるのですが、メトネルを弾くときは、自分なりの一工夫を加えて表現したいと、そんなふうに意識しているのかもしれません。他の作曲家ではそういうことはあまり意識しないんですけどね。
スタッフたしかに、秋元さんといえば、良い意味でオーセンティックな印象だったので、そういうアプローチを考えていらっしゃるというのは、ちょっと意外でした。メトネルの表現の難しさを感じつつも、噛めば噛むほどスルメじゃないですが、取り組みがいがある作曲家なのかも知れないということが伝わってきます。
秋元そうなんですよ。そういったところまで深く考えながら取り組まないと、なんだか良くわからなかった…という感じになってしまいがちというか…まぁ~録音だったらそれでも良いかもしれません。メトネルは何回も聴いていくうちに、どんどん新しい魅力が発見できる…というような一面もあるので、案外、録音向きの作曲家なのかもしれませんね。ですが、ライブは一回きりの勝負なので、今日はこういうところが印象に残った・・・というようなお土産を持ち帰っていただきたいと思っています。一度限りのライブであるからこそ!というアプローチを意識していますね。
スタッフなるほど、演奏の作り手の裏側を見れたようで面白いです!
自分らしい有機的なアンサンブルを
スタッフ葵トリオなどアンサンブルピアニストとしても引っ張りだこの秋元さんですが、アンサンブルピアニストとしてのビジョン、ソリストとしてのビジョン、それぞれ教えていただけますか?また演奏するうえで大切にしていることも教えてください。
秋元自分は「なにがしです」というのは、基本的には「葵トリオの秋元」としてありたいというのが一番にあります。それは今もこれからも変わらないと思うのですが、そこでの技術や表現の幅を広げるためのソロや他のアンサンブルへの取り組みはもちろん大切にしたいと思っています。しかし、アンサンブルピアニストって難しい言葉ですよね。(笑)アンサンブルとソロの間に、どのくらいの、どんな境界線があるんだろう?って、微妙なところですよね!英語ではコラボレート(collaborate)ピアニストというのかな?
スタッフそれは確かにそうですよね!アンサンブルもソロも同じ音楽ですし、区別する必要もない気もしますよね。秋元さんというピアニストが、ピアノ三重奏である葵トリオの魅力の基盤になっていますので、アンサンブルをリードするソロでもあり、アンサンブルでもありますね。
秋元とはいえ、一人でやるのと誰かとやるのとは確かに違いはあるので、自分らしい有機的なアンサンブルができればいいなと思っています。ソリストとしては、ありがたいことに、ピアノ作品のレパートリーは膨大で、全部は当然弾き切れないので、今回のように本当に自分が気に入っている作品にだけ取り組もうと思っています。作曲家だったらメトネルだし、ショパンやラフマニノフのこの作品を・・・・というのもありますし…。
スタッフ“有機的なアンサンブル”というのは納得です。以前、秋元さんが、実は指揮者になりたかったというのを聞いて、妙に納得したことがあるのを思い出しました。
秋元そうなんですよ。実は僕、高校生の頃は指揮者になりたかったんです…(笑)ピアノが好きというよりも、音楽が好きだったので…。
スタッフそれはわかりますね!秋元さんのピアノって「ピアノを聴いている」というよりも「作品を聴いている」という感じの方がしっくりするんですよね。
秋元ですが、アンサンブルを通して色々な楽器の方と接しているうちに、改めてピアノの良さが見えてきたりして、今は一周回ってピアノが好きになりました!アンサンブルに関して気を付けていることがあって、よく伴奏者が点と点で結んでいくように「合わせにいく」というのをしてしまいそうになるんですけど、それをせずに、もっと構造的に、作品として作り上げて行くようなアプローチをしています。それが自分なりのアンサンブルだなとも思っていますし、今も模索を続けているところです。表現方法の幅を広げて、自分らしいオリジナルな演奏を開拓したいなと常に思っています!
スタッフそうなんですか!すでに完成されているような気がしますが、「模索し続けている」とおっしゃるあたり、やはり研究者気質の側面ももたれている秋元さんらしいですね。たしかに秋元さんの演奏で、点と点で合わせていくような持って行き方は、一度も感じたことがないですね。葵トリオに関しては、ごく自然に三人の呼吸が合っていて、音楽作りの方向性が一致しているように感じます。まるで“父”(秋元さん)と“子”(伊東裕さん)と“聖霊”(小川響子さん)のような…。
秋元葵トリオと他のアンサンブルでは、自分の中ではまったく別物になっているので、葵トリオの場合はちょっと特殊かもしれません。葵トリオではない他のアンサンブルでも、自分らしいアンサンブルのかけ合い方、対話の仕方、自分でしかできないことをやりたいな…とは思っていますが。
ミュンヘン国際優勝が大きな転機に
スタッフ日本人としてピアノトリオで初めてミュンヘン国際に優勝し、(室内楽としても東京クヮルテット以来、半世紀ぶり)これは日本のクラシック業界において大変なインパクトのあることで、ある意味で、秋元さんの運命を方向付けてしまった天命のようなものではないかと感じていますが、そのことをご自分ではどのように受けとめられているのですか?
秋元たしかに自分にとって転機となる出来事でした。ちょうど、ソロの活動をどのように展開しようかと悩んでいた時期でもありましたし、それこそソロのコンクールとトリオのコンサートの日程が被ってしまっていて、コンクールは諦め、トリオを優先したことも多々ありました。年齢的にも24~25歳くらいだったこともあり、ミュンヘンコンクールは将来に向けた方向付けになったような大きな出来事となりました。トリオを常設で弾くことをメインの仕事としている演奏家って、世界的にもそんなにいないと思います。自分は人とちょっと違ったことをしたいという気質があって…(笑)その性格にはこの仕事が合っているのかなというふうにも感じています。珍しい仕事って楽しいですよね…、飽きないですし!もちろん、この選択を採ることによって諦めてしまったこともありましたが、熱中できるものがあるということは幸せなことだと感じています。
スタッフ一般的なアンサンブルでは、ソリストたちが何らかのタイミングで集まり、一緒に演奏するというパターンが多いような気がしますが、秋元さんのようなスタイルのピアニストは稀有な存在ですね。日本に“葵トリオ”というかけがえのない稀少で貴重な存在が誕生していることは、クラシック音楽だけの世界にとどまらない良い影響を日本にもたらしていると感じています。長い間、慢性的になっていた日本の閉塞感を溶かし始めてくれているような、明るいものが感じられます。ガチの昔からのクラシックファンには当然、注目の的ですし、プロの演奏家さんからも、室内楽はほとんど聴いたことがなかったという若いクラシックファンの方など、幅広い層の方から、「葵トリオのファンです」という声をよく聞きます。
番外編
スタッフピアニストになっていなかったら、どんな仕事をされていたと思いますか?
秋元中学の社会の先生です!
スタッフあ〜、社会!しかも中学!イメージ伝わってきますね、ちょっと怖そうに見えても、やさしく温かくて面倒見のいい中学の先生・・・秋元さんらしいです!(笑)
秋元これにはきっかけがあって、自分の中学2年生のときの社会の先生がめっちゃくちゃわかりやすい先生だったんですよ!もう感動するレベルです。授業の進め方もスマートだし、余談の長さ、イントネーション、宿題の出し方まで、すべて完璧だったんですよ。毎回の授業のレジュメも配られて、重要な言葉には空欄があってそこを先生と一緒に色分けをして進めていくんですけど、その内容もすごく良くて…。学校の先生というよりは、どちらかと言えば受験向けというか塾の先生みたいな感じでしたけどね…。
スタッフなるほど、やはり視野が広く、かつ深いものを感じますね!研究者気質もあるというか…!
秋元僕はどちらかといえば、ピアニストになりたかったというよりは、小さい頃は別の道も良いなと思っていました。中学の社会の先生を第1希望にしていたこともあります。
(2023年12月31日収録。文責、見澤沙弥香)
メトネル&ラフマニノフ、チャイコフスキー ピアノ:秋元孝介
【第1回】メトネル&ラフマニノフ
ピアニスト秋元孝介の真髄に迫る!
メトネル、忘れられた調べを中心に、
ラフマニノフ、チャイコフスキーの傑作と共に──
2024年1月14日(日)
開演15:00
渋谷美竹サロン
⇨公演の詳細はこちらから
プログラム
メトネル:2つのおとぎ話 op.20
メトネル:忘れられた調べ第1集Op.38
ラフマニノフ:楽興の時
プロフィール
秋元 孝介(Kosuke AKIMOTO)Piano
2018年、ピアノ三重奏団「葵トリオ」のピアニストとして、第67回ミュンヘン国際音楽コンクールピアノ三重奏部門で日本人初の優勝。現在は国内外で多数の演奏活動を行いながら、ミュンヘン音楽演劇大学大学院、東京藝術大学大学院音楽研究科博士後期課程にて更なる研鑽を積んでいる。
これまでに、第2回ロザリオ・マルシアーノ国際ピアノコンクール 第2位、第10回パデレフスキ国際ピアノコンクール 特別賞などを受賞。葵トリオによる多数の公演のほか、ソロリサイタルやオーケストラとの共演、室内楽奏者としても数多くの演奏を行っている。特にメトネルの作品を中心としたロシア音楽のレパートリーに定評があり、積極的に演奏を行っている。これまでに自身が収録に参加したCDは、師の有森博とのピアノデュオによるストラヴィンスキーの「春の祭典」、葵トリオによる「ミュンヘン国際音楽コンクール優勝記念盤」ほか4枚、クラリネット奏者Sérgio Piresとの「Les Six」など、国内外でこれまでに8枚リリースされており、いずれも高い評価を得ている。
東京藝術大学音楽学部を首席で卒業後、同大学院音楽研究科修士課程を首席で修了し、サントリーホール室内楽アカデミーでも研鑽を積んだ。
*やむを得ない事情により日時・内容等の変更、中止等がある場合がございます