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目次
才気あふれる伝説の若手!神出鬼没!”怪物くん”こと千葉遥一郎がこけら落とし以来、7年ぶりに再び美竹サロンに登場!
千葉遥一郎氏といえば、2016年、第85回日本音楽コンクールで第2位、岩谷賞(聴衆賞)をいきなり受賞、彗星の如く現れた当時19歳で、若手の注目の的だった。その後、突如、姿をくらませたかと思えば、2021年、モントリオール国際音楽コンクール第2位受賞し、一躍、再び時の人となっている。
コロナ禍や留学等で、彼の演奏を聴ける機会が極めて少なくなっており、日本の聴衆にとって待ちに待った公演ではないだろうか。
才気に満ちた千葉遥一郎の演奏の哲学や、ドイツ・リューベックへの留学秘話など語っていただいた。
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<千葉遥一郎ピアノリサイタル>
2024年3月9日(土) 15:00開演
シューマン:謝肉祭 Op.9
リスト:巡礼の年 第1年《スイス》S160/R10より – 第6曲 オーベルマンの谷
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第30番 ホ長調 Op.109
ラフマニノフ :ピアノ・ソナタ第2番 変ロ短調 Op.36(1931年改訂版)
⇨詳細・ご予約はこちら
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一番の変化は、感情表現が豊かになったこと
────現在はドイツ・リューベックに留学中かと思いますが、留学生活を通して、何が一番変わりましたか?
千葉変わったことは多方面でありますね。
まず、こちらでは人の感情を表情から読み取る文化というのがあります。なので、その人の感情や情緒を素直に表現していくと、人間関係が円滑に進む傾向があります。
僕自身はもともと人から見ると感情の変化が乏しく見えてしまいがちなタイプだったので、そういった背景から感情が豊かになってきました。
スタッフそれは面白いですね!よく日本とのカルチャーショックとして、ディスカッションの文化が一番に挙げられることが多いと思いますが、言葉より表情というのは意外でした。
千葉もちろん言葉もあるのですが、それはすごく副次的な意味合いです。
とにかくその人が何を考えているかというのはリアクションで表現するわけで、そのため必要に迫られて喜怒哀楽をもう少し表現していくというのは、自分にとって大きな変化でありました。
それこそ「キレる」ということを人生で初めて覚えました!(笑)
スタッフえ?!キレるって怒ることですか?
千葉そうです!単純に怒るということではなく、表現としての怒るとでも言いますか…。
どうやったら効果的にキレられるか?怒りが伝わるか?というのを考えて怒るようになりました。
逆に怒りを我慢して表情に出ないと、何考えているかわからないので、その方が怖いという文化なんですよね。
スタッフそれは面白いです!日本は察してよ…と、なりますね?
千葉そうですね。日本は察しの文化なので、すべてを喋らなくても、相手が先を読んでその人の動向を見る傾向がありますね。しかし欧米では表情から言葉からすべてで伝えるという感じです。
言葉だけでは言葉の壁がありますので、自分が本当に伝えたいことを伝えるために、表情など、感情の表現で補填していくという…そういう感覚ですかね。
ドイツの田舎町という最高の環境で
────そもそもなんで留学先をドイツのリューベックに決めたんですか?
千葉色々な理由があるのですが一番は”環境”ですね。
ヨーロッパの田舎町にしっかりと腰を据えて住んでみて、音楽を勉強したいという気持ちがありました。
ほとんどの学生は、留学をしたいと思うきっかけの多くに師事したい先生がいたりですとか、なるべく都会に留学して良い演奏にたくさん触れたいという動機があると思うのですが、僕の場合は何よりも環境でしたね。
もともとドイツ音楽が好きだったということもあるのですが、ドイツ音楽に見られる表現というのは、田舎の景色を彷彿させるものが多いのです。
作曲家が散歩しながら作品を描いたりしていたので、例えば管楽器の表現が田舎でしか聞けない鳥のさえずりだったり、森の木々を揺らす風や、小川の四季折々の表情を表現したり…そういった、ここでしか体験できない原風景に身を置きたかったのです。
ちょうど留学したいと思った時は、コロナ禍でして…向こうに渡ったとしても、オンラインレッスンなど、まだ模索している時期だったので、良い勉強ができないんじゃないかと思ったこともあり、一時期は留学を諦めていました。
ふと、その時の東京の景色が混沌とした世の中とリンクしているような気がしたんですよね。
ベルリンも少し混沌とした雰囲気があり、行ってみると東京みたいなんですよね。ビルの間に観光地が隠れるようにあったりとか…そういうのは少し興醒めしてしまいますが(笑)
そういった経緯もあり、ドイツ的な情緒とか風土を感じられる土地が良いなと思っていたので、リューベックに決めました。
スタッフリューベックという街はどんな街なのですか?やはり田舎なのでしょうか?
千葉コンパクトな街ですよ!少し街を出ると草原だったり牛が歩いていたり原風景を見ているような感じです。
その大草原の真ん中に街があり、歩いて1時間で回れてしまうくらいくらいコンパクトです。
生活に必要な日用品や衣服も手に入るようなお店が家からすぐの距離にあります。
なので、すごく田舎すぎるわけでもなく、ちょうど良い感じですね。
スタッフインスピレーションというか、この場所だ!という導きがあったのでしょうか?
千葉そうですね、留学前にコロナの規制が一瞬緩くなった時に訪れる機会があったのですが、その時に理想的だなと思いました。
そこからHPを探してみたら良い先生もいらっしゃったのでスムーズに決定しました。
スタッフヨーロッパは教会が多いと思いますが、リューベックの街はどうでしょうか?
千葉多いですよ!それこそ、大規模な観光客用にオーガナイズされているような教会ではなく、地元の人がミサに行くような日常に溶け込んでいる原風景のような教会があります。
リューベックは世界遺産に登録されているような観光都市ではありますが、地元と観光用に分かれています。
歴史的にも重要な都市でありまして、ハンザ同盟都市として世界の玄関口だったこともあり、そういった誇りが今を生きる人々からも感じられます。例えば、古い建物がちゃんと保全されていたり、そういった人々のマインドが町並みに反映されているのは素晴らしいところですし、音楽的インスピレーションを大きく受けるというところです。
日本でいう京都の景観保護を意識しているような街並みですね。
スタッフ先ほどもいっていたように多くの演奏機会というのは、どんなところでの演奏が多いのですか?
教会とか小さなサロンとかも多いのですか?
千葉もちろん、それもありますが、一番多いのが実は個人宅なんですよね。
何かパッと呼ばれて音楽やってくれないかというのがよくあることなのです。まるでウーバーイーツみたいな?(笑)
すごく小さな部屋にグランドピアノがあって、もう間近というか触れられるような位置にお客様がいらっしゃって…そんなアットホームな環境で演奏することが多々ありますね。
催しがあると必ず音楽というものが付随しているような感じがします。それはお祝いごとのみならず、例えばデモのようなものにもあります。その時の人々の感情とか情緒に音楽が不可欠なものという意識があって、何かインフラのように浸透しているような気がしています。
それとハンブルクに近く、ブラームスを持ち上げる文化がありまして、学校でもブラームス音楽祭なるものがありました。オーケストラでいうとアラン・ギルバート氏のNDR北ドイツ放送フィルハーモニー交響楽団ですね。
日常に溶け込むドイツの音楽教育!
音楽は人類すべてのもの
────ドイツではドイツ演奏家資格という制度がありますが国内で何か影響があると思いますか?ドイツの教育で特長的だと思ったことを教えてください。
千葉僕もこれから演奏家資格課程に入るのですが、資格が有る無し関係なく演奏させていただいています。
ドイツ演奏家資格は、どちらかといえば海外でドイツのマイスターの資格をもっているという、その価値というものが就職やステータスにつながっているような感じがします。
スタッフなるほどですね!ドイツは世界でも珍しく、仕事がそれぞれみんなマイスター制度になっていると聞きました。
千葉そうです!それがとても特徴的なところかもしれませんね。
スタッフ日本やアメリカでは適当に大学行って、適当に就職するけど、ちょっと違う感じがします。
千葉そうです!小学生(日本でいうと小学生3年)くらいで職業を決めて、必要な技術とかある程度のカリキュラムが組まれています。晴れてその課程を修了すれば、ドイツに生きる社会的信用というか、職が担保されているような状態です。なので、失業という意識があまり無いような気がします。
最近は移民が入ってきたりして、ドイツ人もフラストレーションが溜まっているところではあると思いますが…。
スタッフそういったドイツを参考に、技術系であれば、日本にもそういう制度が導入され始めているようですね!
千葉それはとても良い兆候だと思います。ひょっとしたら国民の幸福度も上がっていくきっかけになるのではないでしょうか?
「自分は何者であるのか?」「自分が何をやるべきなのか?」というのを日本人はすごく重要視している面があると思います。自分が自分のいるべき場所で、ある一定の人たちを満足させているということに幸せを感じる国民性があると思うんですよね。なので、職業訓練所のようなところでスキルを確立すればそれが自信に繋がり、社会での居場所を見つけられて、自分を見失って迷走することが少なくなるような気がします。
ドイツ人は皆、自分に自信がありますから!自己肯定感がとても高いです!(笑)
スタッフ日本でも、宮大工さんとか職人さんの世界ではそういった感じで成り立っていたそうです。
そういった日本の伝統と、ドイツのマイスター制度を合わせた感じで日本の職業訓練制度が成り立っていたんですよね。
日本はものづくり大国ということもあり、技術の方はそれで成り立っているのですが、ホワイトカラーの方はなかなか難しかったようです。
──ちなみに、音楽教育についてはどう思いますか?
千葉音楽教育については、非常に大きな違いがあるのですが、言語化すると誤解が生まれるかもしれず、説明が難しいところです。
まず、街にいくつか音楽学校があるのですが、音楽の職業に就こうと思っていなくても、そこに通っている人が多くいらっしゃいます。職業のためではなく、音楽の愉しみ方をより理解するための学びといいますか、自然と聴き手が育つような文化が元から根付いているような気がします。
聴き方の違いでいうと「その瞬間に生まれた音楽を自分の心にどう取り込んでいくか?」ということを、子供の頃からごく自然に音楽に触れることで、ドイツではより一般的に広まっているという感覚です。
学ぶというより、より音楽を愉しむことに比重が置かれているというイメージですね。
僕自身、音楽の聴き方もずいぶん変わりました!
たとえば、日本にいた頃ベートーヴェンのシンフォニーを聴く機会があったとしたら、何かこう、ありがたい説法を聴くような気分でいました。当然、ありがたいものだからこそ、自分もしっかり勉強して、スタイルを理解して、その作品の本当に素晴らしいところを理解できる状態で行って、ありがたく受け取ろうというマインドセットでした。
しかし今は違います。作品から能動的に何かを受け取りに行くというよりかは、もっと身近に、例えば自分が精神的に落ち込んでいたり焦っていたりしている時こそ、シンフォニーを聴こうという風になっています。
シンフォニーから自分の情緒とか状態に合う”何か”をもらって、それで元気になって日常も豊かになるという…そういう愉しみ方みたいなものをこちらに来て学びました。
なので、音楽は必要不可欠という感じです。
こっちの演奏会では”誰が”演奏するかよりも、”何を”演奏するかで演奏会に足を運びます。
スタッフ確かに!音楽がより日常的というか、自然の中に溶け込んでいますね。何か日本の学生の演奏を聴くと、窮屈に感じることがありますよね?
千葉それは、尊敬の念から来ているんだと思います。作品に対して、自分が踏み入れてはいけない領域の、何か崇高なものに感じてしまうんだと思います。
そうなると当然、作曲家との距離も感じますし、自分の弱いところを見せてはいけないと思ってしまうのです。
ドイツでは、弱いところも強いところもすべてさらけ出して自分のありのままを楽器に乗せて舞台に乗せると、お客様からリアクションが生まれ、結構喜ばれます。
演奏家が楽器を通して「どういう人間なのか?」人間的な何かを感じられるのが良しとされます。僕らが日本で学んでいると、何か、天才モーツァルトや偉人ベートーヴェンという人間離れしたイメージを抱き「自分がこの作品を表現する資格があるのだろうか?」ということを考えてしまうことがありました。しかし、もともとこの作品たちは人類すべてのものなんだなと思えるようになりました。
それ以来、本番が楽に感じるようになったというか、演奏するということが楽になりました。
スタッフとても深い学びですね。
社会的な演奏家になりたい
────ドイツのピアニストは意外にも著名な国際コンクールでは見かけないような気がするのですが、それだけ音楽が根付いているのに、なぜでしょう?
千葉そうですね、あまりcompetitiveな演奏をする人はいらっしゃらないですね。
それこそドイツ国内ではコンクールがいくつかあって、そこで活躍する素晴らしいピアニストはいらっしゃいますよ。
僕の演奏ももうcompetitiveな演奏ではなくなっているので、そこは少し心配なところです(笑)
スタッフそれはとても良いことではないでしょうか!
コンクール風の演奏ばかりでは疲れてしまいますし、その人の本当の個性みたいなものが見えなくなってしまうのではないでしょうか。
それに、息の長い演奏家でいるためには、competitiveな演奏からの脱却は必要不可欠ではないでしょうか。
もちろん興行主からすれば、そういったタイトルも日本では集客に多少影響しますので、必要に思うこともありますが、私たちは演奏家自身の本質をお客様にお伝えしたいので、コンクール歴が無かったしても、魅力的な演奏家さんをご紹介したいという思いで続けています。
そういうことを日本のお客様にも是非わかってほしいと思っています。
千葉美竹さんのような考え方で演奏会を開いてくださるホールは、演奏家にとっては大変ありがたいと思っている方が多いと思います。
そういった信念があるからこそ続いていると思いますし、日本のお客様も潜在的に求めていらっしゃるのではないかと思います。
スタッフそう思いますよ!コンクールだなんだかんだばかりにこだわっていたとしたら、ケンプやグールドのような演奏家が現れないですよ。
みんな予選落ちだと思います。
千葉そういえば…ケンプの演奏をふざけてコンクールの予備予選に提出したコンペティターがいて、普通に予選で落とされたらしいと話題になっていましたね(笑)
スタッフえ〜!ケンプの音楽、あたたかくて大好きですよ。
千葉それは時代があると思います。今、あたたかい音楽をできる演奏家というのは時代的にいないんじゃないですか?
────クラシック音楽を取り巻く時代や環境について、深い考えをお持ちのようですね。
是非ご意見をお聞かせいただけますか?
千葉これは僕個人の考えなのですが、すごく大変な時に何かその大変な状況から目を背けたような演奏というのは、あまり心に響かないような気がするんですよね。
こんな大変な時代に、桃源郷を思い浮かべたような、あまりにもエレガントな演奏というのは共感できないと思います。
あとは演奏する場所や聴衆、文化によっても変わると思います。
それこそコンクールに入賞して世界を飛び回るようになれば、今日はパリで明日はボストンでといったような、色々な都市をものすごい短い時間で周ります。すると、その都市に想いを馳せている時間が無いんじゃないかと思うのです。
それぞれの場所(都市)によって人々が求めている音楽って違うんじゃないかと思います。
それは僕も次回東京・渋谷で演奏するのであれば、日本人は今どういう感覚なのか?ということを、演奏するうえですごく重要視します。
スタッフその考えは、クラシック音楽(作品が描かれた背景など)がそもそも歴史そのものとも言えるので、とても納得します。
千葉そう考えると、この現代において、そもそもクラシック音楽の需要そのものが減少傾向にあるというのは、実は自然なことなんですよね。世界的にもその傾向がありますし。
スタッフそれは悲しいな…!
千葉そうですね。今足を運んでくださる聴衆の方というのもクラシック音楽の黄金期というか良い時代を知っているご高齢の方が多いと思います。
今の若い世代というのは、なんというか、昔のクラシック音楽は良かったなというのが老害のようにみなされるというか、説教されているような気分になるんじゃないかなと思ったりします。
そういうことをあえて考えるというか、「社会的なことを考える社会的な演奏家」になりたいです。
スタッフどうしてもクラシック音楽って昔のものを扱うので、今の社会や問題についてリンクしないような気がしていましたが、考えてみれば、ごく自然に大切なことかもしれませんね。
現在、ドイツも大変な状況かと思いますが、新しい首相のシュルツさんでしたっけ?真面目な方ですよね。
千葉真面目にならざるを得ないというのもありますが(笑)
ウクライナ問題でもドイツは重要な立ち位置にいますし、エネルギー問題でも電気代が一番上がってしまったのがドイツとも言われています。
電気代などのお金に関しては、なぜ上がったのかを理解できれば良いことです。
日本でも同じような傾向があり、だんだん身近な問題になってきましたよね。
スタッフ政治に関しては日本は問題だらけですよね。まず若い人が政治に関心が無いですし、政治家になりたいという人も皆無です。
例えば、海外ではよく話題になる第2次世界大戦についてであったり、若い日本人はあまり関心が無かったりしますよね。
なのでまず歴史を知り、知って自分はどう思うのか?日本人としてのプライドや誇り、自尊心のようなものを、もっと持っても良いのではないかな、と思ったりします。
千葉まったくその通りだと思います。
7年ぶりの美竹サロン
千葉今回のベートーヴェンの30番のソナタは、全ピアノソナタの中で一番好きな作品と言っても過言ではないです。ベートーヴェンが一番不幸だった頃を通り越して、色々なものに対しての諦めの境地に至っているような作品となっています。
曲調は、それこそ桃源郷のようなあたたかく穏やかですが、まったくそういった綺麗事を表現しているような作品ではありません。
小節の余白が日本の社会が抱えている問題というか、ベートーヴェンの諦めの境地から、何かを感じ取ってリンクしていただければ良いなと思っています。
美竹サロンは、それこそ日本のクラシック音楽の文化の根幹の部分を担うようなサロンだと思いますので、そういう何かしらのテーマや信念を持って取り組むのは必須だと思っていますし、今回も僕の中でテーマがあります。しかし、言語化してしまうと何か押し付けがましくなってしまうような気がしますので、あえて触れずにいます。
そして、サロンでは7年ぶりの演奏となりますが、7年というとすごく長いような気がしますがあっという間でした!最初のこけら落としでの演奏は、プレッシャーとサロンの雰囲気、場所に圧倒されて、自分の小ささが露呈してしまったのを覚えています。
僕の目指す個人個人のパーソナリティーな部分を映し出す演奏というのは、サロンはうってつけの場所ですし、ピアニストが孤独にならない不思議な空間です。
皆様が心を通わせて音楽を聴くという空間としては最適だと思いますので、是非心を解放して音楽を聴いていただければと思います!
お久しぶりに皆様にお会いできること楽しみにしています!
(2024年2月15日収録。文責、見澤沙弥香)
千葉遥一郎ピアノリサイタル
才気あふれる伝説の若手!
“怪物くん”こと千葉遥一郎がこけら落とし以来再び美竹サロンに登場!
2024年3月9日(土)
開演15:00
渋谷美竹サロン
⇨公演の詳細はこちらから
プログラム
シューマン:謝肉祭 Op.9
リスト:巡礼の年 第1年《スイス》S160/R10より – 第6曲 オーベルマンの谷
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第30番 ホ長調 Op.109
ラフマニノフ :ピアノ・ソナタ第2番 変ロ短調 Op.36(1931年改訂版)
プロフィール
千葉 遥一郎(CHIBA Yoichiro)Piano
1997年東京都出身。
2021年、モントリオール国際音楽コンクール第2位入賞。2016年、第85回日本音楽コンクール第2位、岩谷賞(聴衆賞)受賞。2014年、第19回フッペル鳥栖ピアノ・コンクール第2位受賞。東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校および同大学卒業。卒業時に安宅賞、藝大クラヴィーア賞、アカンサス音楽賞、同声会賞、三菱地所賞の各賞受賞。在学中、アリアドネ・ムジカ賞受賞。
公益財団法人ローム・ミュージックファンデーション、同青山音楽財団、Ad Infinitum Foundationより奨学金を受ける。
現在、リューベック音楽大学で研鑽を積んでいる。
目次
ピアニスト“秋元孝介”の名は、葵トリオによって一躍知られるようになった。
2018年、ピアノ三重奏団「葵トリオ」のピアニストとして、第67回ミュンヘン国際音楽コンクールピアノ三重奏部門で日本人初の優勝。現在は国内外で多数の演奏活動を行いながら、ミュンヘン音楽演劇大学大学院、東京藝術大学大学院音楽研究科博士後期課程にて更なる研鑽を積んでいる。
深い構成力と洞察力、ふくよかな響き、安定したテクニック──
それは葵トリオのサウンドに必須なものであり、ピアノ三重奏という編成においてピアニストの存在は極めて大きく、秋元孝介の今後の活動に益々、注目が集まっている。
メトネル(1880年〜1951年)の作品はラフマニノフをはじめ、ルービンシュタイン、ホロヴィッツなどの名ピアニストたちによっても好んで取り上げられ、数々の巨匠を魅了してきた。
今回は彼の代表的な作品である二つの「忘れられた調べ」と、ロシアの巨匠の名作を組み合わせたプログラムを二回公演で行う。
メトネルをソロの活動としてメインに取り組む秋元氏。内に秘めた研究者としての情熱が垣間見える貴重な機会となるだろう。
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【第1回】メトネル&ラフマニノフ
2024年1月14日(日) 15:00開演
メトネル:2つのおとぎ話 op.20
メトネル:忘れられた調べ第1集Op.38
ラフマニノフ:楽興の時
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【第2回】メトネル&チャイコフスキー
2024年5月15日(水) 19:00開演
メトネル:忘れられた調べ 第2集 Op.39
チャイコフスキー:ピアノ・ソナタ(大ソナタ) ト長調 Op.37
他
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メトネルとの出会い、不思議な魅力
スタッフ秋元さんがソロで一番取り組みたい作品がメトネルと聞いて意外に感じている人も多いと思います。
秋元メトネルとの最初の出会いは、高校3年生のときに浜松国際ピアノアカデミー(まだ中村紘子先生もいらっしゃった時代なのですが)を受けた際に、モスクワのヴラディーミル・トロップ先生がレクチャーコンサートのような形式で、ロシアの有名じゃない作品を取り上げた演奏で、初めてメトネルを聴きました。他にもキュイだとかカリンニコフだとか…、マイナーだけどロマンティックな作品を取り上げていたのが印象的でした。
そのときの印象は、強烈にインパクトがあったわけではなかったのですが、なにかこうなんとなく良いな…という感じで、脳裏に残っていたんですよね。
それからしばらくして弾いていなかったのですが、大学を卒業して、大学院に進学するタイミングで研究分野を決めるときに、急に「メトネルだ!」という衝動を感じ、取り組んでみることにしました。
スタッフなるほど。ずっと気になっていて、タイミングが来て急にピンとくるみたいな感じですね!
確かに、メトネルの音楽って、なにかジブリの映画を見たときのような奇妙というか、不思議な魅力がありますよね。何かわからないけど、気になっちゃう!みたいな(笑)
秋元たしかに!はっきりした印象が心に残るというよりは、魅力に気付くまでに、個人差も、時間差もあるような作品が多いですよね。
スタッフそして秋元さんといえば、師である有森博先生(東京藝術大学教授。第12回ショパン国際ピアノコンクール最優秀演奏賞)の影響もあるのかな?と思うのですが、ショパンやラフマニノフなど、ロマンティックな作品が得意なイメージでした。特に2020年のショパンのエチュード全曲演奏会には驚きました!これほどあらゆる面で巧い人がいるのかぁと瞠目しましたよ。
秋元あのときはコロナの影響で春から夏くらいまで演奏会が出来なくて暇すぎて…(笑)短期的な目標がなくなってしまったので、何かこのタイミングで鍛錬しようと思い、取り組んだ次第ですね。
スタッフいや〜あれはすごい精度の高さでしたね。
それこそつい最近の2023年6月サントリー葵トリオのラフマニノフ「悲しみの三重奏曲」第2番もすごかったですね。鐘の音が谷底から鳴ってくるような深い響きと、作品の凄みがこれほど伝わってくる演奏も、今時少ないと思います。
まずは「忘れられた調べ」から
スタッフ今回、メトネルの「忘れられた調べ」に取り組もうと思われたきっかけを教えてください。また、2回公演でそれぞれラフマニノフとチャイコフスキーを組み合わせた理由も教えてください。
秋元「忘れられた調べ」は第1巻〜第3巻まである曲集なのですが、第1巻に触れたとき「まずはこれに取り組みたい!」と思ったんですよね。
メトネルを大学院で取り組むと決めたときに、ひたすらCDを聴いていたのですが、その中でもこの作品はメトネルの作品にしては音も少なく、そんなにややこしくなく聴きやすいと思います。そのため、メトネルを最初に取り組むのにとても適した作品だと思います。その頃は大学の学内のコンサートでしか弾かなかったのですが、この機会にオープンな場所で弾きたいなと思い、選択しました。
スタッフたしかに、第1巻なんかはそれぞれにタイトルがついていて、聴き手もとっつきやすいイメージです。
秋元そうですね。小品としても独立性がありますし、通して弾いてもストーリー性があるという点では、聴きやすい優れた作品かなと思います。
スタッフ今回はメトネルに、ラフマニノフとチャイコフスキーをそれぞれ組み合わせたのは、何か意図があったのですか?
秋元ラフマニノフはちょうどこのシーズンに弾いていたこともあり、メトネルとの相性も良いので組み合わせました。作曲家同士も大体同じ時代を生きていて、お互い影響し合っていたこともありますしね。チャイコフスキーに関しては、生きた時代も作風も全然違いますよね。チャイコフスキーと組み合わせる回となっている「忘れられた調べ」の第2巻の方が、よりメトネルの音楽を凝縮したような感じで、かなり濃密、かつ暗めな音楽なので、それとは対照的な華のある、楽観的な音楽と組み合わせたいなと思い、組み合わせました。
スタッフなるほど!それにしてもまたグランドソナタとは30分以上の大曲ですよね…!
秋元はい、難しいんですよね(笑)しかも難しい割に映えないというか…。例えばスクリャービンやプロコフィエフのような「おぉ!」みたいな派手さもないですし、上手く演奏しないと野暮ったい感じが出てしまいます。今までも試験やらコンクールやらで弾きたいな〜と思ったこともあったんですが、やっぱリスキーかなというのが先行してしまって、定番のラフマニノフの2番やプロコフィエフのソナタなんかを選んでしまったり…(笑)なので、何かそうした評価される場ではなく、演奏会の場でぜひ取り組みたいと思った次第です。自分でも初めて取り組む作品なので、とても楽しみです!
スタッフいや〜それは楽しみですね。秋元さんのピアノってスケールが大きいし、偶然その場で生まれた?ような発見が感じられるし、細部にわたるまで緻密に構築されていると同時に、繊細緻密さから解放された大きな拡がりが調和している…といった、芸術的な表現というのはまさにこういったものなのだろうと感じさせられるものがありますね。聴き手が知らなかった初めての作品でも、まるで知られている名曲かのように引き込んでしまう力があるんですよね。メトネルを初めて聴いたときも「実はこんなにすばらしい作品だったのか!」と驚きました。そもそもメトネルを聴く機会なんて音大の卒業演奏で一人くらい弾いているかな?といった程度でしたので…(笑)
メトネルをどう弾くか
スタッフクラシック音楽の歴史において、後々になってから人気になる作曲家とか作品って、案外多いですよね。例えばフォーレやカプースチン、リゲティなんかも、いつの間にか、多くの人が聴いたり弾くようになっていた!という感じです。もちろん、パイオニアのような演奏家の存在、メディアや音楽評論などの影響もあると思いますが…。そういった意味では、メトネルも伸び代がありますね…。
秋元それはわかります。やはり、人気のある録音が出ているかどうかは、けっこう大事な要因になると思っています!メトネルに関しては、もっとさまざまなアプローチができると思っていて、まだまだ余白があると思っています。
スタッフどんなアプローチがあるとお考えになっているのですか?
秋元メトネルに関しては、どのように曲が構築されているのかということと、曲のメリハリをつけることが重要です。メトネルの作品には極端な表現がなく、テンポのルバートもないし、盛り上がったところで音がすごく増えるというようなこともなく、ずっとこう、うねうねしている感じに聞こえてしまい、だらだらと曲が進んでしまいがちな作曲家なのです…。なので、彼の意図を汲み取りつつも、自分で咀嚼して、もう少し伝わりやすいように味付けした方が魅力が引き立つと考えます。もちろん味付けは良い塩梅でする必要があるのですが、メトネルを弾くときは、自分なりの一工夫を加えて表現したいと、そんなふうに意識しているのかもしれません。他の作曲家ではそういうことはあまり意識しないんですけどね。
スタッフたしかに、秋元さんといえば、良い意味でオーセンティックな印象だったので、そういうアプローチを考えていらっしゃるというのは、ちょっと意外でした。メトネルの表現の難しさを感じつつも、噛めば噛むほどスルメじゃないですが、取り組みがいがある作曲家なのかも知れないということが伝わってきます。
秋元そうなんですよ。そういったところまで深く考えながら取り組まないと、なんだか良くわからなかった…という感じになってしまいがちというか…まぁ~録音だったらそれでも良いかもしれません。メトネルは何回も聴いていくうちに、どんどん新しい魅力が発見できる…というような一面もあるので、案外、録音向きの作曲家なのかもしれませんね。ですが、ライブは一回きりの勝負なので、今日はこういうところが印象に残った・・・というようなお土産を持ち帰っていただきたいと思っています。一度限りのライブであるからこそ!というアプローチを意識していますね。
スタッフなるほど、演奏の作り手の裏側を見れたようで面白いです!
自分らしい有機的なアンサンブルを
スタッフ葵トリオなどアンサンブルピアニストとしても引っ張りだこの秋元さんですが、アンサンブルピアニストとしてのビジョン、ソリストとしてのビジョン、それぞれ教えていただけますか?また演奏するうえで大切にしていることも教えてください。
秋元自分は「なにがしです」というのは、基本的には「葵トリオの秋元」としてありたいというのが一番にあります。それは今もこれからも変わらないと思うのですが、そこでの技術や表現の幅を広げるためのソロや他のアンサンブルへの取り組みはもちろん大切にしたいと思っています。しかし、アンサンブルピアニストって難しい言葉ですよね。(笑)アンサンブルとソロの間に、どのくらいの、どんな境界線があるんだろう?って、微妙なところですよね!英語ではコラボレート(collaborate)ピアニストというのかな?
スタッフそれは確かにそうですよね!アンサンブルもソロも同じ音楽ですし、区別する必要もない気もしますよね。秋元さんというピアニストが、ピアノ三重奏である葵トリオの魅力の基盤になっていますので、アンサンブルをリードするソロでもあり、アンサンブルでもありますね。
秋元とはいえ、一人でやるのと誰かとやるのとは確かに違いはあるので、自分らしい有機的なアンサンブルができればいいなと思っています。ソリストとしては、ありがたいことに、ピアノ作品のレパートリーは膨大で、全部は当然弾き切れないので、今回のように本当に自分が気に入っている作品にだけ取り組もうと思っています。作曲家だったらメトネルだし、ショパンやラフマニノフのこの作品を・・・・というのもありますし…。
スタッフ“有機的なアンサンブル”というのは納得です。以前、秋元さんが、実は指揮者になりたかったというのを聞いて、妙に納得したことがあるのを思い出しました。
秋元そうなんですよ。実は僕、高校生の頃は指揮者になりたかったんです…(笑)ピアノが好きというよりも、音楽が好きだったので…。
スタッフそれはわかりますね!秋元さんのピアノって「ピアノを聴いている」というよりも「作品を聴いている」という感じの方がしっくりするんですよね。
秋元ですが、アンサンブルを通して色々な楽器の方と接しているうちに、改めてピアノの良さが見えてきたりして、今は一周回ってピアノが好きになりました!アンサンブルに関して気を付けていることがあって、よく伴奏者が点と点で結んでいくように「合わせにいく」というのをしてしまいそうになるんですけど、それをせずに、もっと構造的に、作品として作り上げて行くようなアプローチをしています。それが自分なりのアンサンブルだなとも思っていますし、今も模索を続けているところです。表現方法の幅を広げて、自分らしいオリジナルな演奏を開拓したいなと常に思っています!
スタッフそうなんですか!すでに完成されているような気がしますが、「模索し続けている」とおっしゃるあたり、やはり研究者気質の側面ももたれている秋元さんらしいですね。たしかに秋元さんの演奏で、点と点で合わせていくような持って行き方は、一度も感じたことがないですね。葵トリオに関しては、ごく自然に三人の呼吸が合っていて、音楽作りの方向性が一致しているように感じます。まるで“父”(秋元さん)と“子”(伊東裕さん)と“聖霊”(小川響子さん)のような…。
秋元葵トリオと他のアンサンブルでは、自分の中ではまったく別物になっているので、葵トリオの場合はちょっと特殊かもしれません。葵トリオではない他のアンサンブルでも、自分らしいアンサンブルのかけ合い方、対話の仕方、自分でしかできないことをやりたいな…とは思っていますが。
ミュンヘン国際優勝が大きな転機に
スタッフ日本人としてピアノトリオで初めてミュンヘン国際に優勝し、(室内楽としても東京クヮルテット以来、半世紀ぶり)これは日本のクラシック業界において大変なインパクトのあることで、ある意味で、秋元さんの運命を方向付けてしまった天命のようなものではないかと感じていますが、そのことをご自分ではどのように受けとめられているのですか?
秋元たしかに自分にとって転機となる出来事でした。ちょうど、ソロの活動をどのように展開しようかと悩んでいた時期でもありましたし、それこそソロのコンクールとトリオのコンサートの日程が被ってしまっていて、コンクールは諦め、トリオを優先したことも多々ありました。年齢的にも24~25歳くらいだったこともあり、ミュンヘンコンクールは将来に向けた方向付けになったような大きな出来事となりました。トリオを常設で弾くことをメインの仕事としている演奏家って、世界的にもそんなにいないと思います。自分は人とちょっと違ったことをしたいという気質があって…(笑)その性格にはこの仕事が合っているのかなというふうにも感じています。珍しい仕事って楽しいですよね…、飽きないですし!もちろん、この選択を採ることによって諦めてしまったこともありましたが、熱中できるものがあるということは幸せなことだと感じています。
スタッフ一般的なアンサンブルでは、ソリストたちが何らかのタイミングで集まり、一緒に演奏するというパターンが多いような気がしますが、秋元さんのようなスタイルのピアニストは稀有な存在ですね。日本に“葵トリオ”というかけがえのない稀少で貴重な存在が誕生していることは、クラシック音楽だけの世界にとどまらない良い影響を日本にもたらしていると感じています。長い間、慢性的になっていた日本の閉塞感を溶かし始めてくれているような、明るいものが感じられます。ガチの昔からのクラシックファンには当然、注目の的ですし、プロの演奏家さんからも、室内楽はほとんど聴いたことがなかったという若いクラシックファンの方など、幅広い層の方から、「葵トリオのファンです」という声をよく聞きます。
番外編
スタッフピアニストになっていなかったら、どんな仕事をされていたと思いますか?
秋元中学の社会の先生です!
スタッフあ〜、社会!しかも中学!イメージ伝わってきますね、ちょっと怖そうに見えても、やさしく温かくて面倒見のいい中学の先生・・・秋元さんらしいです!(笑)
秋元これにはきっかけがあって、自分の中学2年生のときの社会の先生がめっちゃくちゃわかりやすい先生だったんですよ!もう感動するレベルです。授業の進め方もスマートだし、余談の長さ、イントネーション、宿題の出し方まで、すべて完璧だったんですよ。毎回の授業のレジュメも配られて、重要な言葉には空欄があってそこを先生と一緒に色分けをして進めていくんですけど、その内容もすごく良くて…。学校の先生というよりは、どちらかと言えば受験向けというか塾の先生みたいな感じでしたけどね…。
スタッフなるほど、やはり視野が広く、かつ深いものを感じますね!研究者気質もあるというか…!
秋元僕はどちらかといえば、ピアニストになりたかったというよりは、小さい頃は別の道も良いなと思っていました。中学の社会の先生を第1希望にしていたこともあります。
(2023年12月31日収録。文責、見澤沙弥香)
メトネル&ラフマニノフ、チャイコフスキー ピアノ:秋元孝介
【第1回】メトネル&ラフマニノフ
ピアニスト秋元孝介の真髄に迫る!
メトネル、忘れられた調べを中心に、
ラフマニノフ、チャイコフスキーの傑作と共に──
2024年1月14日(日)
開演15:00
渋谷美竹サロン
⇨公演の詳細はこちらから
プログラム
メトネル:2つのおとぎ話 op.20
メトネル:忘れられた調べ第1集Op.38
ラフマニノフ:楽興の時
プロフィール
秋元 孝介(Kosuke AKIMOTO)Piano
2018年、ピアノ三重奏団「葵トリオ」のピアニストとして、第67回ミュンヘン国際音楽コンクールピアノ三重奏部門で日本人初の優勝。現在は国内外で多数の演奏活動を行いながら、ミュンヘン音楽演劇大学大学院、東京藝術大学大学院音楽研究科博士後期課程にて更なる研鑽を積んでいる。
これまでに、第2回ロザリオ・マルシアーノ国際ピアノコンクール 第2位、第10回パデレフスキ国際ピアノコンクール 特別賞などを受賞。葵トリオによる多数の公演のほか、ソロリサイタルやオーケストラとの共演、室内楽奏者としても数多くの演奏を行っている。特にメトネルの作品を中心としたロシア音楽のレパートリーに定評があり、積極的に演奏を行っている。これまでに自身が収録に参加したCDは、師の有森博とのピアノデュオによるストラヴィンスキーの「春の祭典」、葵トリオによる「ミュンヘン国際音楽コンクール優勝記念盤」ほか4枚、クラリネット奏者Sérgio Piresとの「Les Six」など、国内外でこれまでに8枚リリースされており、いずれも高い評価を得ている。
東京藝術大学音楽学部を首席で卒業後、同大学院音楽研究科修士課程を首席で修了し、サントリーホール室内楽アカデミーでも研鑽を積んだ。
*やむを得ない事情により日時・内容等の変更、中止等がある場合がございます
クラシック音楽はバッハにはじまったといっても過言ではありません。
バッハという作曲家は特別に大切にしたい作曲家の一人として、当サロンでは12月のクリスマスの時期にゴルトベルク変奏曲を聴く機会を毎年設けています。
バッハみずから「心の慰め」と語ったこのゴルトベルク変奏曲ですが、年末の少々忙しい師走の時期に心の浄化と安らぎを与えられ、そして新しい年を迎える前に大きなパワーをもらえる、この時期に絶対聴きたい曲ともいえます。
ゴルトベルクファンにも、クラシックを聴き慣れない人でも、すべての人に聴いて欲しい、まさに太陽のような曲ともいえるでしょう。
今年2023年は第5回目となるゴルトベルク変奏曲を演奏を務めるのは、本企画では3度目の登場となる入川舜さん。
第32回青山音楽賞では「確固たる技術と、歌心を忍ばせながらも知的コントロールの行き届いた表現。音楽の本質を真摯に探求しようという姿勢は称賛に値する。」と、高い評価を得ている”入川舜のゴルトベルク変奏曲”に注目が集まります。
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ゴルトベルク変奏曲BWV988 特別演奏会2023 ピアノ:入川 舜
2023年12月22日(金) 19:00開演
フランク:プレリュード、コラールとフーガ M.21
J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲BWV988
⇨詳細・ご予約はこちら
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今回の演奏会に寄せて、入川舜さんにメッセージをいただいたので、ご紹介させていただきます。
バッハ生誕333年記念、と銘打って開始された美竹サロンのゴルトベルク変奏曲演奏会、その第1回目に演奏をすることができたことは、大変光栄なことだったと思っています。それから5年ほども経ちましたが、現在でもこの音楽は私にとって常に立ち返るようなものとなっています。
ゴルトベルク変奏曲は、有名なアリアと、それに続く30の変奏によって構成されている、バッハの鍵盤楽曲の中では最も長大な作品です。アリアの単純な美から、複雑な対位法を駆使した小宇宙が広がっている。変奏を経るごとに、1度ずつ音程の異なったカノンが配置されている独特な構成や、全曲中で3つの短調の変奏が数えられ、それらは全体の重要なターニングポイントであること。最期の変奏は、クオドリベットと記され、変奏の総決算をした後に、冒頭のアリアがまた再現されること、などが特筆すべきことでしょうか。
本来なら、楽曲の詳細について解説すべきでしょう。
しかし以下は、私的な「ゴルトベルク」にまつわるエッセーとして、少し気ままに書かせていただきます。
12月は、モーツァルト、このバッハからそう遠くない時代に生きた天才が、35歳で天に召された月です。しかしそれまでに、全人的な文化遺産のような音楽が残された、ということはやはり驚くべきことです。
確かに35歳は、若すぎるけれども、モーツァルトにとっては人生のラウンドを晩年まで走った、といえるのです。
もしモーツァルトが40代、50代まで生きていたら…と思うと、また新たな想像が頭をもたげます。
「円熟」という言葉は、人間の中で捉えるなら、単純に何歳のころ、ということができないものです。モーツァルトのような例があるかと思えば、先ほど取り上げたフランクは、60代にして円熟期を迎えています。もちろん、もっと高齢でその時を迎えた人の例もあるでしょう。
「ゴルトベルク変奏曲」を書いたとき、バッハは50代でした。円熟の極みに達していた作曲の技によって、この他の追随を許さない完成度を持った音楽が書かれたのですが、それは、彼が10代から一歩ずつ着実に歩み、磨いてきた技が、50歳にして見せた姿だったといえます。まさにバッハの音楽の成熟は、ウイスキーが樽の中で次第に香りを深めていくような具合だったのです。
バッハの成熟のしかた、というのは、考えようによっては、自分にとって、参考になるケースなのかもしれない。
モーツァルトのような、超速で駆け抜けるような生き方は不可能(年齢的にも)にしても、一段ずつ階段を上り続けることは、どんな人にも残されている方法ではないだろうか。
音楽を演奏することについても、単純な出来不出来によって判断されるのではなく、今までその人がその楽曲(そして音楽自体)とどれほどの付き合い方をしてきたか、によってわかってくるものではないでしょうか。ある曲を演奏する時、以前同じ曲を弾いた経験があるならば、それがフィードバックするのは当然だし、そうでないとしても、これまでの演奏から得た体験がつながってくる場合もあります。
バッハの音楽と、この何年か付き合ってみて分かってきたのは、彼の全ての鍵盤楽曲は、非常に見通しの効く線上に並べることができるだろう、ということです。そう、例えれば、私の故郷の静岡の街から、南アルプスを臨んだ感覚と似ているかもしれません。なだらかな市街から次第に奥地へと入っていくにつれて、現れる山も高く険しいものとなっていきます。
ゴルトベルク変奏曲は、そのかなり後ろの方に位置していますが、それでも、他の楽曲がその前方になければ、成立もしなかったでしょう。やはり、平均律や、インヴェンションがあった上で、ゴルトベルクへとアクセスすることになるのだと思います。
ゴルトベルク変奏曲に取り組めたことは幸せなことだが、それを繰り返し弾く、ということも、得難い経験となるでしょう。この先、もし自分に円熟というものがあるとすれば、その時にもこの作品は自分の傍にいてほしいと願っています。(入川舜)
ゴルトベルク変奏曲BWV988 特別演奏会2023 ピアノ:入川 舜
一つの「うた」の主題から、大きな宇宙が生まれる。
すべての人に 心の慰めを ──
第32回青山音楽賞を受賞
入川舜 ゴルトベルク変奏曲
(第6回渋谷美竹サロン 演奏会)
2023年12月22日(金)
開演19:00
渋谷美竹サロン
⇨公演の詳細はこちらから
プログラム
フランク:プレリュード、コラールとフーガ M.21
J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲BWV988
プロフィール
入川 舜(IRIKAWA Shun)Piano
静岡市出身。東京芸術大学音楽学部ピアノ科卒業、同大学院研究科修了。文化庁海外派遣研修員として、パリ市立地方音楽院とパリ国立高等音楽院修士課程でピアノ伴奏を学ぶ。
高瀬健一郎、寺嶋陸也、辛島輝治、迫昭嘉、A・ジャコブ、J−F・ヌーブルジェの各氏に師事。
「静岡の名手たち」オーディションに合格。神戸新聞松方ホール音楽賞、青山バロックザール賞を受賞。
日本人作曲家の作品を蘇らせたCD「日本のピアノ・ソナタ選」(MTWD 99045)、また「ゴルトベルク変奏曲」(MTKS-18341)のソロ録音CDがある。
2011年デビューリサイタルを開催。以後も、ドビュッシーのエチュード全曲など、意欲的なプログラムでリサイタルを行う。
2021年には東京文化会館にてジェフスキの「不屈の民変奏曲」他によるリサイタル(日本演奏連盟による主催)を開催。
2022年のバッハの「ゴルトベルク変奏曲」演奏会が、第32回青山音楽賞を受賞した。
現在、 幅広いジャンルで活動中。オペラシアターこんにゃく座のピアニストを2018年より務める。東京、渋谷の美竹サロンにて、「バッハを辿る」コンサートシリーズを継続中。
東京藝術大学非常勤講師。日本演奏連盟会員。
公式ホームページ:https://shunirikawa.work/
バッハという作曲家は特別に大切にしたい作曲家の一人として、当サロンでは12月のクリスマスの時期にゴルトベルク変奏曲を聴く機会を毎年設けています。
バッハみずから「心の慰め」と語ったこのゴルトベルク変奏曲ですが、年末の少々忙しい師走の時期に心の浄化と安らぎを与えられ、そして新しい年を迎える前に大きなパワーをもらえる、この時期に絶対聴きたい曲ともいえます。
ゴルトベルクファンにも、クラシックを聴き慣れない人でも、すべての人に聴いて欲しい、まさに太陽のような曲ともいえるでしょう。
今年2023年は第5回目となるゴルトベルク変奏曲を演奏を務めるのは、本企画では3度目の登場となる入川舜さん。
第32回青山音楽賞では「確固たる技術と、歌心を忍ばせながらも知的コントロールの行き届いた表現。音楽の本質を真摯に探求しようという姿勢は称賛に値する。」と、高い評価を得ている”入川舜のゴルトベルク変奏曲”に注目が集まります。
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ゴルトベルク変奏曲BWV988 特別演奏会2023 ピアノ:入川 舜
2023年12月22日(金) 19:00開演
フランク:プレリュード、コラールとフーガ M.21
J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲BWV988
⇨詳細・ご予約はこちら
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今回の演奏会に寄せて、入川舜さんにメッセージをいただいたので、ご紹介させていただきます。
バッハ生誕333年記念、と銘打って開始された美竹サロンのゴルトベルク変奏曲演奏会、その第1回目に演奏をすることができたことは、大変光栄なことだったと思っています。それから5年ほども経ちましたが、現在でもこの音楽は私にとって常に立ち返るようなものとなっています。
ゴルトベルク変奏曲は、有名なアリアと、それに続く30の変奏によって構成されている、バッハの鍵盤楽曲の中では最も長大な作品です。アリアの単純な美から、複雑な対位法を駆使した小宇宙が広がっている。変奏を経るごとに、1度ずつ音程の異なったカノンが配置されている独特な構成や、全曲中で3つの短調の変奏が数えられ、それらは全体の重要なターニングポイントであること。最期の変奏は、クオドリベットと記され、変奏の総決算をした後に、冒頭のアリアがまた再現されること、などが特筆すべきことでしょうか。
本来なら、楽曲の詳細について解説すべきでしょう。
しかし以下は、私的な「ゴルトベルク」にまつわるエッセーとして、少し気ままに書かせていただきます。
12月は、モーツァルト、このバッハからそう遠くない時代に生きた天才が、35歳で天に召された月です。しかしそれまでに、全人的な文化遺産のような音楽が残された、ということはやはり驚くべきことです。
確かに35歳は、若すぎるけれども、モーツァルトにとっては人生のラウンドを晩年まで走った、といえるのです。
もしモーツァルトが40代、50代まで生きていたら…と思うと、また新たな想像が頭をもたげます。
「円熟」という言葉は、人間の中で捉えるなら、単純に何歳のころ、ということができないものです。モーツァルトのような例があるかと思えば、先ほど取り上げたフランクは、60代にして円熟期を迎えています。もちろん、もっと高齢でその時を迎えた人の例もあるでしょう。
「ゴルトベルク変奏曲」を書いたとき、バッハは50代でした。円熟の極みに達していた作曲の技によって、この他の追随を許さない完成度を持った音楽が書かれたのですが、それは、彼が10代から一歩ずつ着実に歩み、磨いてきた技が、50歳にして見せた姿だったといえます。まさにバッハの音楽の成熟は、ウイスキーが樽の中で次第に香りを深めていくような具合だったのです。
バッハの成熟のしかた、というのは、考えようによっては、自分にとって、参考になるケースなのかもしれない。
モーツァルトのような、超速で駆け抜けるような生き方は不可能(年齢的にも)にしても、一段ずつ階段を上り続けることは、どんな人にも残されている方法ではないだろうか。
音楽を演奏することについても、単純な出来不出来によって判断されるのではなく、今までその人がその楽曲(そして音楽自体)とどれほどの付き合い方をしてきたか、によってわかってくるものではないでしょうか。ある曲を演奏する時、以前同じ曲を弾いた経験があるならば、それがフィードバックするのは当然だし、そうでないとしても、これまでの演奏から得た体験がつながってくる場合もあります。
バッハの音楽と、この何年か付き合ってみて分かってきたのは、彼の全ての鍵盤楽曲は、非常に見通しの効く線上に並べることができるだろう、ということです。そう、例えれば、私の故郷の静岡の街から、南アルプスを臨んだ感覚と似ているかもしれません。なだらかな市街から次第に奥地へと入っていくにつれて、現れる山も高く険しいものとなっていきます。
ゴルトベルク変奏曲は、そのかなり後ろの方に位置していますが、それでも、他の楽曲がその前方になければ、成立もしなかったでしょう。やはり、平均律や、インヴェンションがあった上で、ゴルトベルクへとアクセスすることになるのだと思います。
ゴルトベルク変奏曲に取り組めたことは幸せなことだが、それを繰り返し弾く、ということも、得難い経験となるでしょう。この先、もし自分に円熟というものがあるとすれば、その時にもこの作品は自分の傍にいてほしいと願っています。(入川舜)
ゴルトベルク変奏曲BWV988 特別演奏会2023 ピアノ:入川 舜
一つの「うた」の主題から、大きな宇宙が生まれる。
すべての人に 心の慰めを ──
第32回青山音楽賞を受賞
入川舜 ゴルトベルク変奏曲
(第6回渋谷美竹サロン 演奏会)
2023年12月22日(金)
開演19:00
渋谷美竹サロン
⇨公演の詳細はこちらから
プログラム
フランク:プレリュード、コラールとフーガ M.21
J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲BWV988
プロフィール
入川 舜(IRIKAWA Shun)Piano
静岡市出身。東京芸術大学音楽学部ピアノ科卒業、同大学院研究科修了。文化庁海外派遣研修員として、パリ市立地方音楽院とパリ国立高等音楽院修士課程でピアノ伴奏を学ぶ。
高瀬健一郎、寺嶋陸也、辛島輝治、迫昭嘉、A・ジャコブ、J−F・ヌーブルジェの各氏に師事。
「静岡の名手たち」オーディションに合格。神戸新聞松方ホール音楽賞、青山バロックザール賞を受賞。
日本人作曲家の作品を蘇らせたCD「日本のピアノ・ソナタ選」(MTWD 99045)、また「ゴルトベルク変奏曲」(MTKS-18341)のソロ録音CDがある。
2011年デビューリサイタルを開催。以後も、ドビュッシーのエチュード全曲など、意欲的なプログラムでリサイタルを行う。
2021年には東京文化会館にてジェフスキの「不屈の民変奏曲」他によるリサイタル(日本演奏連盟による主催)を開催。
2022年のバッハの「ゴルトベルク変奏曲」演奏会が、第32回青山音楽賞を受賞した。
現在、 幅広いジャンルで活動中。オペラシアターこんにゃく座のピアニストを2018年より務める。東京、渋谷の美竹サロンにて、「バッハを辿る」コンサートシリーズを継続中。
東京藝術大学非常勤講師。日本演奏連盟会員。
公式ホームページ:https://shunirikawa.work/
目次
ヴァイオリニスト坪井夏美氏は2023年3月までベルリンフィルハーモニー管弦楽団・カラヤンアカデミーに在籍し、同管弦楽団の公演に100公演以上出演し、現在、東京フィルハーモニー交響楽団第1vnフォアシュピーラーとして、将来を期待されている。
さらに、第12回東京音楽コンクール第1位及び聴衆賞受賞等、国内外のコンクールにて入賞し、ソリスト、室内楽奏者としても多くの実績を積む。
ピアニスト大崎由貴氏は、第18回東京音楽コンクールピアノ部門第2位(最高位)、イーヴォ・ポゴレリチ氏が審査員長を務める第4回マンハッタン国際音楽コンクールにて、特別金賞を受賞し、ソリストとして東響、東京フィル、新日フィル等、多くのオーケストラとの共演実績を積み、注目を集めている。昨年度より、東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校非常勤講師として後進の指導にあたっている。
藝大の同期から始まり、留学先での偶然の再会をきっかけに、本格的なデュオでの取り組みに挑戦することになった。
ベートーヴェンとシューベルトの全曲演奏という大きな挑戦を目の前に、挑戦を決心した経緯や、作品の魅力等をお伺いしてみた。
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坪井夏美&大崎由貴 ベートーヴェン&シューベルト ヴァイオリンとピアノのためのデュオ作品全曲演奏会《第1回》
2023年12月26日(火) 19:00開演
シューベルト:ヴァイオリンとピアノのためのソナチネ 第1番 ニ長調 Op.137-1, D384
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ 第8番 ト長調 Op.30-3
シューベルト:ヴァイオリンとピアノのためのソナチネ 第3番 ト短調 Op.137-3, D408
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ 第7番 ハ短調 Op.30-2
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藝大同期からザルツブルクでの再会、文芸作品で意気投合
スタッフお二人の出会いを教えていただけますか?
大崎東京藝術大学の同期でした!それからそれぞれ留学して、数年後にザルツブルクで再会したのがきっかけでした。
ザルツブルクでの再会
坪井私がベルリンに留学中、レッスンを受けるためにザルツブルクに行った時でしたね!大崎さんに連絡して…たしかオーストリア料理を食べに行きました(笑)好きな本の話や、留学生活で感じることとか、共感することが多く、話が弾みまして…。これだけ気があうのだし、一緒に演奏出来たら面白いのでは?と思ったのがきっかけです。
実はザルツブルグで再会する前にも1度だけ、舞台上で再会したことがあったんですよね。大崎さんが東京音楽コンクールの本選に出場した際、オーケストラで私が弾いていたんです。その時の曲がベートーヴェンのピアノ協奏曲3番でして、彼女の演奏の印象が強く残っていました。その後、私の出身の幼稚園などで演奏させてもらう機会があり、4回ほど共演させてもらいました。
大崎その合間にも「せっかくならしっかりソナタもやりたいね!」と何度か言っていまして、今回ついに実現することになりました。
スタッフなるほど!学生の頃からとなると、お互いに知り合っている期間でいうと10年くらいですか。そこからコンクールや演奏会でと、偶然、縁が繋がっていたのですね。ちなみに、もし繋がりがあったらということで、お二人の間で話題になっていた趣味とか、好きな本とか、そんなものがありましたらお聞かせいただきたいのですが…?
坪井ザルツブルクで会った時、ちょうど読んでいて話題に上がったのは、カズオ・イシグロの「夜想曲集」とか「私たちが孤児だったころ」とかだったかな。
スタッフ「わたしを離さないで」で有名な!考えさせられる感じの作風ですよね。
大崎空気感がとっても良いんですよ。ちょっとドライというか、透き通っている感じというか。あとは伊坂幸太郎とかも挙がったかな?でもたしか坪井さん、「重力ピエロ」みたいな怖い話はダメなんだよね?(笑)
坪井伊坂幸太郎の本の中にも、好きなものはありますよ!でも、そう、彼の作品に限らず、怖い話は読むとしばらく引きずっちゃうからあまり…。
スタッフ感受性豊か!文芸作品も音楽と通ずる部分がありそうですね?
大崎そうですね。ストーリーの進め方とか、情景の表現の仕方とか、視点の近さ・遠さとか…。
坪井わざわざ意識して音楽と繋げようとしているわけではないですが、本を通して自分が経験したことのないような場面に出会えたり、自分と性格が全く違う登場人物の視点を味わえたり、表現するときの引き出しが少し増えているように感じることがあります。
大崎経験したことのない感情でも、読んでいるとまるで自分が体験したかのように想像したりもしますしね!
スタッフなるほど〜面白いですね!文芸作品も芸術ですからね。
坪井ドストエフスキーなんかは読んでいると頭がおかしくなりそうになってきて、とても最後までは読めないんです。でもそんな感覚でさえもショスタコーヴィチを弾いている時と共通する部分があるなと感じたり。
スタッフなるほど!
大崎本を読んでいて、こういうときにこういう感情があったな…と思い出すことがあって、例えば小学生だった頃、運動会の朝に走って学校へ行く時の気持ちとか(笑)。演奏でも、そういう情景や場面、空気感を感じてもらえるようになりたいなって思います。
坪井自分よりも若い年代の登場人物が出てきたときに、「あ、そういえば自分もそうだったな」と忘れていた感情を思い出すこともありますし、逆に上の人が出てきたら、想像してみることもできるし、面白いですよね。
気付きの連鎖
スタッフお二人がそれぞれに抱いている印象を教えていただけますか?
大崎リハーサルをしていて思うのですが、坪井さんはとにかく頭の回転が早くて、的確に言語化できるのがすごいなと思います!今話していてもそうなんですけど、彼女のふとした言葉から私への気付きの連鎖が起きて、とっても刺激的です。
スタッフこうして取材させていただくなか、お二人とも言語化することがお得意なのかなと感じています。やはり本をたくさんお読みになられているからなのか…とても感心します。
坪井似たようなものを読んでいるからか、文章を作る時の感覚や、選ぶ単語が近い気がすることもあります(笑)。そして気づきの連鎖みたいなのはお互い様で、私も同じように感じています!大崎さんの演奏は、大袈裟なところが一切なく、自然体の中に彼女の揺らぎや個性が感じられるのが好きです。さりげなさが美しいというか…。もちろん作品によってエネルギーやキャラクターは異なるのですが。
大崎それは私が演奏する上でかなり気をつけていることだったので、嬉しいです!やっぱり坪井さんの感性や視点は鋭いなぁ〜って驚きました。坪井さんの演奏は常に本質が見えているような演奏だと思います。まず作品の魅力を一番に伝えたいという演奏スタイルがとても素敵です。大学生のころに聴かせてもらった時からそういう印象があって、特に若いときはなかなか難しいことなのにすごいなぁと思います。あとは積極的な音楽の運びとかもとても好きですね。一緒に弾いていて沢山助けられています。
坪井私の方も、合わせをしていく中で、例えば大崎さんが紡ぎ出すシューベルトの音色からインスピレーションが得られたり、とても刺激になっています。これから長いシリーズでぶつかることも出てくるかもしれませんが、それすらも楽しみです。
Be happy on stage!
スタッフ演奏するうえで、大切にしていることは何ですか?
大崎いつでもその場で感じて生まれたものを伝えたいなと思っています。というのも、準備されたものをそのまま出されてもきっと面白くないので。それと、これは私のモットーなのですが「Be happy on stage」という言葉を大切にしています。これは留学中に先生にかけていただいた言葉で、どんな作品であろうと、どんなに緊張する舞台だったとしても、一音一音その瞬間瞬間をお客様と共有して、コミュニケーションして楽しむことを忘れないようにしています。あとは細かい点でいうと、演奏するうえで細部にこだわってやりたいことはたくさんあるのですが、細かく付け足すのではなく、自然な息遣いのなかでできるように、かつそれがお客様に伝わるような、”濃く自然な表現”で伝わるようにというのを意識しています。
坪井私も大崎さんと近いかな。基本的に自然体でいたいなというのと、自分自身を表現するためではなく、楽譜から感じたことや作曲家が表現したかったことを読み取って表現するために演奏したいなと思っています。とはいえ、楽譜に書いてある音を見たままに弾くだけでは私が弾いている意味がないので、ちゃんと自分のなかで消化して、自分なりの表現をしたいなとも思います。
さきほど大崎さんが言っていた”濃く自然な表現”というのはとても納得します。というのも、自然なだけではうまくいかない作品もあって…。例えば作曲家の独白というか、独り言みたいな作品は、少し濃いめの表現をしなければお客様に届かないように感じることがあります。演奏家として、内面的なエネルギーとそれを外に向けたエネルギーの良いバランスを、それぞれの作品でみつけたいですね。作品によって客観的に演奏するものや、主観的に演奏するもの、多種多様だと思いますので。
スタッフその”バランス感覚”に、演奏家の個性が出ますよね。
一同 本当にそうです!
坪井ですので、作品ごとに柔軟に、自分のスタイルと、自分の立ち位置を変えて演奏したいなと思います。
スタッフお二人の話を聞く中で、何か音楽家として掴んでいて、自立したものがあると思うのですが、どういったことがきっかけだったのでしょうか?
例えば、日本の学生さんで、コンクールや演奏会前の直前までに先生の指導を受けて、自分のスタイルを確立できずにいる学生さんを多く目にします。
これから音楽家を目指していく学生さんたちにアドバイスをするとしたら、先輩としてどんなことを伝えたいと思いますか?
大崎普段から自分はどう思うか、どう生きたいか、どういう人間なのか、何を届けたいか…自分を知ることについてを考え出してから、表現したいものを出せるようになってきたような気がします。
スタッフやはりマインドの問題は大きいですね!
坪井そうですね。私は正直、日本の大学を卒業するまでは、先生はどう思われるかな?何ておっしゃるかな?と時に気にしすぎてしまうこともありました。もちろんそれは、先生の演奏が好きで尊敬していたからこそのことです。一方で、ウィーン留学中に習っていた先生は、1から10まで教えてくださるというより、「こういう歌い方もあるよ!」といろんなアイディアを提案してくださる先生でした。それをきっかけに、自分がどう感じてどう表現したいのかをよりはっきりと考えるようになったと思います。
そしてその段になって、拍の感じ方、和声の表現の仕方、楽器を演奏するテクニックのことなど、尊敬する日本の先生方から教えていただいたことの数々が真価を発揮したようにも思うんです。尊敬する方から学ぶことと、自分の軸をしっかり持って考えること、どちらもとても大事ですよね。
ベルリン・フィルのコンサートマスターを務める樫本大進氏と
スタッフ坪井さんはベルリンフィルハーモニー管弦楽団・カラヤンアカデミーに在籍していたことや、東京フィルハーモニー交響楽団のフォアシュピーラーとして活動されていることもすごく影響しているような気がします。触れる作品の数が段違いに多くなると思うので!
坪井そうですね。交響曲に限らず、オペラやバレエも大好きなので、とても勉強になりますし、刺激になります!
ベートーヴェンの矛盾
シューベルトは旅人
スタッフベートーヴェン(1770~1827)とシューベルト(1797~1828)のヴァイオリンとピアノのための作品を全曲取り組もうと思われたのはなぜですか?
大崎まずどんな作曲家が好きか?という話で、お互いに一番に出てきたのがベートーヴェンでした。東京音楽コンクールのとき、2020年のベートーヴェンイヤーにベートーヴェンを弾いたのですが、バックのオーケストラで坪井さんが弾いてくれていたということにも、何か縁のようなものも感じていました。
坪井私はベートーヴェン全曲をいつか絶対にやってみたいと思っていました!大崎さんのベートーヴェンを聴かせていただいたときもすごく好きでしたし、お互い30歳という節目を迎え、何か思い切って取り組もうとなったとき、絶好の機会だと思ったのです。
大崎そう!相当な挑戦だけどやってみよう、と二人で決心しました。
坪井それから、プログラムをどう組むか話し合いをしていて…。組み合わせたい作品として、シューベルトの二重奏作品がお互いから多く上がったので、それなら、とシューベルトも全曲やってみることにしました。
個人的にはベートーヴェンの方がよく弾く作曲家というのもあり、共感しやすく感じるのに対して、シューベルトは憧れの存在というような感じで、より挑戦という意味合いが強いです。
スタッフなるほど。お二人の考えるベートーヴェン、シューベルトのヴァイオリンとピアノの室内楽作品の魅力を教えてください。
大崎まず、ベートーヴェンについてですが、ピアノソナタでも同じことが言えるのですが、よく見てみると、同じようなフレーズでも強弱やアーティキュレーションが細かく違っていたりするのです。シンプルに見えて結構細かいので、二人で楽譜と照らし合わせながら意図を探るというのをずっとリハーサルでやっています。楽譜からベートーヴェンの思いをキャッチして、自分たちなりに作っていければと思っています。とにかくベートーヴェンには人間味を感じますし、温かさもあるので、私はそういうところが大好きですね!
スタッフ人間らしさが温かさに繋がっていますよね。
大崎はい、時々しつこいですけどね(笑)
一同: たしかに!(笑)
坪井たしかに、時にはしつこい程に意図がはっきりしていますよね。しかし、意図のわかりやすさの割には、音楽的に単純ではない面もあって。何かそのアンバランスというか、ある意味”矛盾”があるのも好きです。こうしてほしいという思いはすごく伝わってくるのに、曲は決して単純ではないというような…。だからこそ、こちらも色々試行錯誤して、挑戦する余地が存分にある作曲家なんじゃないかなと思います。
ヴァイオリンソナタは10曲書いていますが、こんなにたくさん書いている作曲家は珍しいです(モーツァルトは多いですけど)。それもベートーヴェンの初期や、そこからの興隆の時期(いわゆる中期)へ差し掛かる頃にほとんど全てが凝縮されているのも興味深いですよね。モーツァルトらしさが残る作風だった頃から、色々乗り越えこえた末に円熟しはじめた作品まで…ヴァイオリンソナタの10曲だけでベートーヴェンの作風の変遷も
大崎例えば、今回の7番なんかも特にそうですが、室内楽曲というより、対等にお互いの見せ場があるように作られていて、まるでピアノとヴァイオリンのコンチェルトかのような掛け合いがあったりとソリスティックな感じですよね。対してシューベルトには、歌の要素が感じられます。全然違う種類の”一体感”を感じていただけると思います。
スタッフなるほど。同じウィーンで活動していた作曲家で同じ時代を生きて、同じサリエリ先生の弟子なのですが、異なる作風ですね?
坪井はい!ベートーヴェンはやはりドイツ人らしさがとてもありますよね。
また、ベートーヴェンは「これ!」という意図がわかりやすいのに対して、シューベルトは上品で、寄り添うような印象です。
大崎ベートーヴェンは自分視点で言いたいことがたくさんあるのに対して、シューベルトは神の視点じゃないけど、俯瞰している気がします。若いのに結構諦めている節もありますし、達観しているというか…ずっと同じテンポで人生を歩み続けている感じがします。
留学先の先生に「シューベルトは旅人なんだ」と言われてしっくりきました。例えばピアノソナタなんかもとても長いじゃないですか。シューベルトが長い散歩をしていて、その間に花をみつけたり、嵐にあったり、倒れている人に出会ったりしながら、歩み続けていくんだと言われたことがあって、とても納得しました。ベートーヴェンは決して同じテンポで歩いていないし、もっとドラマチックで主観的ですね。
坪井例えば、どちらも”神と向き合っていた”として、ベートーヴェンは神が自分に与えた宿命や運命に真っ向から向き合っているのに対して、シューベルトは現実から解き放たれて別世界への憧れを抱いているというか、夢を見ているようなイメージがあります。
スタッフなるほど。だから、シューベルトは早く死んじゃったのかな。人間らしさよりももっと遠くの何か…神に近いのかな、という印象がありますね。
演奏に寄せて
スタッフ最後に本公演にいらっしゃる聴衆の皆さんにメッセージをお願いします!
大崎音楽家として、こんな挑戦ができるなんて本当に素晴らしいことだと思います。皆様に聴いていただけることがとても嬉しいです。
回を進むごとに少しずつデュオとしての色も変化してくると思うので、その変化も是非すべての回で楽しんでいただければなと思っています!
坪井作品をよく知るお客様も、普段クラシック音楽を聴かない方も、どんな方にも楽しんでいただけるプログラムになっていると思います!
起伏が激しい曲や心地よい曲、人間らしい曲や美しい情景を描いた曲など、いろいろな要素がバランスよく入るようにプログラムを組んでみましたので、実際に聴いて体験してみると、難しいこと抜きに楽しんでいただけると思います。
聴きやすい、と言うと語弊があるかもしれないのですが、決して『ベートーヴェン!シューベルト!』というイメージほど堅苦しいプログラムではありません。色々な楽しみ方をしていただけると思います。
大崎各回ごとにドラマがあり、緩急をつけていますので、5回通してでなくても、1回ごとに楽しめるような内容になっています。
作品や私たちのいろいろな面を味わっていただけるよう、各回濃淡をつけて組んでみましたので、きっと楽しいコンサートになると思います!
スタッフサロンでさまざまな音楽の時間に立ち会いますが、やはり演奏家さんが作品に対して感動し、生き生きと演奏されることが、一番聴き手にも伝わるものがあると思います。このプログラムを拝見したとき、よく考えられていて、本当に演奏家さんがやりたいことが伝わってくるようなプログラムだなと思いました。きっと作品の魅力や、演奏家さんのエネルギーが伝わってくるような演奏会になるのでしょうね。楽しみにしています!
(2023年11月29日収録。文責、見澤沙弥香)
坪井夏美&大崎由貴 ベートーヴェン&シューベルト
ヴァイオリンとピアノのためのデュオ作品全曲演奏会《第1回》
東京音楽コンクールで一躍注目を浴びる
2人の女性演奏家が、大音楽家たちの軌跡を辿る──
2023年12月26日(火)
開演19:00
渋谷美竹サロン
⇨公演の詳細はこちらから
プログラム
シューベルト:ヴァイオリンとピアノのためのソナチネ 第1番 ニ長調 Op.137-1, D384
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ 第8番 ト長調 Op.30-3
シューベルト:ヴァイオリンとピアノのためのソナチネ 第3番 ト短調 Op.137-3, D408
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ 第7番 ハ短調 Op.30-2
プロフィール
坪井 夏美(TSUBOI Natsumi)Violin
第12回東京音楽コンクール第1位及び聴衆賞受賞。F.クライスラー国際コンクール第5位、日本音楽コンクール第3位、マイケルヒル国際コンクール第4位等、国内外のコンクールにて入賞。ソリストとして読響、都響、新日本フィル、東京フィル等多くのオーケストラと共演。東京藝術大学、同大学院修士課程を卒業し、安宅賞、アカンサス賞を受賞。ウィーン私立音楽芸術大学修士課程を修了。NHK-Eテレ『らららクラシック』、シャネルピグマリオンデイズ、宮崎国際音楽祭等に出演。2023年3月までベルリンフィルハーモニー管弦楽団・カラヤンアカデミーに在籍し、同管弦楽団の公演に100公演以上出演。現在東京フィルハーモニー交響楽団第1vnフォアシュピーラー。
大崎 由貴(OSAKI Yuki)Piano
広島市出身。第18回東京音楽コンクールピアノ部門第2位(最高位)。
ピアニストのイーヴォ・ポゴレリチ氏が審査員長を務める第4回マンハッタン国際音楽コンクールにて、特別金賞を受賞。
ソリストとして東京交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団、新日本フィルハーモニー交響楽団、群馬交響楽団、大阪交響楽団、広島交響楽団と共演する他、多数のリサイタルや演奏会に出演。広島大学附属高等学校を経て、東京藝術大学音楽学部をアカンサス音楽賞、藝大クラヴィーア賞、同声会賞を受賞し卒業。令和2年度文化庁新進芸術家海外研修員としてザルツブルク・モーツァルテウム大学修士課程を首席で卒業後、同大学ポストグラデュエート課程を修了。
昨年度より、東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校非常勤講師を務める。